2015年9月29日火曜日

高齢化社会を実感

きのう、75歳くらいとおぼしき男性とご婦人にあいついで呼び止められ、しばらく立ち話につきあいました。

ボーッと歩いているせいか、昔から年配の方からの呼び止められ率、高いです。
人畜無害に見えるんだと思う。

男性のほうのお話は、今朝早くから起きてどこどこの病院へ行き、何時に帰ってきた。明日はどこどこの歯科へ行くんだが、そこの先生が・・・といった内容でした。

ちなみにわたくし、この方とは面識ありません。
ありませんが、昔から「年配の方には親切にしよう」が基本姿勢なので、ボランティアだと思ってしばらく病気の話を聞いていました。
わたくし、人様には、かなり愛想がよいのです。

「お大事になさって下さい」
と言って別れましたが、少し先で今度はご婦人に呼び止められました。

このご婦人はとっても穏やかな話し方をする方で
「あの、聞きたいことがあるんですけど」と言います。

「月は? 月はこっちから出るの? わたし、ずっと待っているの」
きのうは月がとても大きく明るく見える、完全な満月でしたから、ご婦人はお月見をしたかったようです。

しかし、自宅の窓からは隣家しか見えないので、道路に出て月を探していたのです。
ご婦人がさがしていた空は西側でしたから、わたしは月は反対側の空から出てくるのですと教えました。

乗りかかった船なので、反対側の空に月が見えるかどうか探しました。そうすると、道路の反対側の端によれば月がよく見えることを確認したので、そこへご婦人を案内しました。
距離にして10メートルくらいです。

地平線からあがったばかりのスーパームーンは、いつもの満月よりかなり大きく派手に見えます。
中天まで上るとそれほど大きくみえませんが。

迫力ある月を見てご婦人は非常に喜び、わたしの手を取って
「K子、ありがとう、ありがとう」と、どうやら娘の名を呼んでいるようです。

まあ、ここまで喜んでもらえればK子でぜんぜんかまいません。
ボランティアです。
人間、助け合わないとねっ。


わたしは都心には住んでいないので、近隣は戸建てが多いです。
その戸建てには、ご夫婦ふたり暮らしや、ひとり住まいの方が圧倒的多数派で、そのほとんどがいわゆる高齢者です。

東京都はいま4人に1人が高齢者で、若い人がほんとうに少ない。
とはいっても、学校や企業で働いている若者もいるので、地方のほうが高齢化は深刻かもしれない。

なんだか不思議な世界になってきたと思います。


しかし、立ち話をしていたら、メッチャ蚊に刺されました。10カ所は下らない(^^;)
住宅街ってけっこう蚊が多いんですよね。


2015年9月24日木曜日

「民王」でギャバン再び


主役の役者さんが好きで、「民王」を毎週見ていました。

バカ息子の就活で、企業の面接官に「ギャバン(大葉健二さん)に似ているなあ」っていう人が出ていました。

でも役柄に合わないような気もしたので、違う役者さんかなと思って
いたんですが、最後の台詞が

「よろしく勇気」 でした\(≧▽≦)丿

 ギャバンだ!


きっとプロデューサーか誰かがギャバンのファンで、こういうキャスティングになったんでしょう。
ドラマがコメディなので、問題ないです。

久しぶりにギャバンに会えて嬉しかった。


2015年9月17日木曜日

再挑戦 ロシア文学

 今だから言うが、と構えておいてかなりどーでもいい話だが、
じつは学生の頃、ロシア文学を読み始めて50ページで本を閉じたことがある。

 そのときまで、本はいちど読み始めたら、それがどれほど退屈で趣味に合わない本であっても、なにがなんでも最後まで読み通すことにしていたから、わずか50ページで「この本は無理だ」と思ったのは、人生で初めての挫折のひとつだった。

 そしてそのことを、ずっとずっとず~っと、心の片隅でおぼえてたので、いつかまたロシア文学の大長編を手にとって、今度こそ読み通してみたいと思っていた。


 最近、その機会がやってきた。
 ひと仕事終えたので、図書館でドストエフスキーを借りてきた。

 ドストエフスキーはまちがいなくおもしろい。だからまずはドストエフスキーで肩慣らしをしようと思ったわけだ。

 で、読み始めてみたら、50ページしか読めなかった本の、それがなぜそこまでしか読めなかったのかの理由が蘇ってきた。

 ロシア語の名前がおぼえられんのです(^◇^;)
 
 50ページでくじけた本は、50ページ目に、新たな登場人物が15人ほどあらわれ、そこでまったく名前が覚えられなくなったからだった。

 おぼえておかなくてよい人の名前を作者は書かない・・・はずだ。

 名前の記憶がむずかしいとき、わたしはしおりに登場人物をメモ書きしておいて本を読むことがあるのだが、人数が多すぎるとその手も使いづらい。


 なぜロシア語の名前は覚えられないのだろう。
 きっとなじみがないせいだ。

 ドストエフスキーは未読のがあと数冊あるから、それは読むけどね。