2015年9月17日木曜日

再挑戦 ロシア文学

 今だから言うが、と構えておいてかなりどーでもいい話だが、
じつは学生の頃、ロシア文学を読み始めて50ページで本を閉じたことがある。

 そのときまで、本はいちど読み始めたら、それがどれほど退屈で趣味に合わない本であっても、なにがなんでも最後まで読み通すことにしていたから、わずか50ページで「この本は無理だ」と思ったのは、人生で初めての挫折のひとつだった。

 そしてそのことを、ずっとずっとず~っと、心の片隅でおぼえてたので、いつかまたロシア文学の大長編を手にとって、今度こそ読み通してみたいと思っていた。


 最近、その機会がやってきた。
 ひと仕事終えたので、図書館でドストエフスキーを借りてきた。

 ドストエフスキーはまちがいなくおもしろい。だからまずはドストエフスキーで肩慣らしをしようと思ったわけだ。

 で、読み始めてみたら、50ページしか読めなかった本の、それがなぜそこまでしか読めなかったのかの理由が蘇ってきた。

 ロシア語の名前がおぼえられんのです(^◇^;)
 
 50ページでくじけた本は、50ページ目に、新たな登場人物が15人ほどあらわれ、そこでまったく名前が覚えられなくなったからだった。

 おぼえておかなくてよい人の名前を作者は書かない・・・はずだ。

 名前の記憶がむずかしいとき、わたしはしおりに登場人物をメモ書きしておいて本を読むことがあるのだが、人数が多すぎるとその手も使いづらい。


 なぜロシア語の名前は覚えられないのだろう。
 きっとなじみがないせいだ。

 ドストエフスキーは未読のがあと数冊あるから、それは読むけどね。

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