2014年11月27日木曜日

アニソンの・・・

アニソンの・・・

 アニソンのカラオケ・レパートリーを増やそうと思い(←あまり本気ではない)、気に入っている「天体戦士サンレッド」の歌をよく聞いている。OP「溝の口太陽族」と続OP「続・溝の口太陽族」ですね。
 この歌、バカバカしくてローカルで、好きなのだけど、部分的にラップみたいになるので非常に歌いづらい。





 
 いにしえの名曲としてはフルオーケストラでささきいさおさんが歌う「宇宙戦艦ヤマト」かな。でもヤマトは音域がかなり広くて、途中でキーを変えないとどうしても声が出ないところがむずかしい。




 ヤマト以前のアニソンは児童合唱団が歌っているようなものが多くておもしろくない。現在のようにアニメのOP曲が、新人アーティストの宣伝に使われたりはしていないですから。
 ヤマト以前でカッコイイアニソンというと、ルパンのEDくらいしか思いつかない。




 わりとよく覚えているのが、特撮ものですが「宇宙刑事ギャバン」の歌です。とにかくJAC大葉健二さんのアクションがカッコよかったので、アニメーターとして(←うそじゃないよん)アクションの勉強に何度も繰り返し見ていたら、歌も覚えたのですね。
 ギャバンのLPレコード(←若者は知らないと思う)まで持っていたので、挿入歌も含めて歌えます。歌手・串田アキラさんの声が少し高めでキーも合うんですね。


「宇宙刑事ギャバン」は、和服美女で有名になった女優・叶和貴子さんの黒歴史番組でもあります(^^;) ギャバンの恋人役宇宙人ミミーでヒロインを演じておられました。叶和貴子さんが黒歴史と思っているかどうかは存じ上げませんが、おそらく触れられたくない過去かなあって、勝手に思っています。



 ということで、ふと思い出し、調べてみたアニソンで「コブラ」が記憶よりはるかにカッコイイ歌でした。さすが前野曜子さん、すんばらしい。
 前野曜子さんが歌っているアニソンはみんな好きですねー。ブルース系はカラオケするにはちょっとむずかしいですけど。


 

 アニソンではないですが、いまテレビで流れているアンドロイドのCM、アニメ部分が楽しいですよね。ああいうのやってみたいなあ。





2014年11月23日日曜日

カードキャッシングの地雷(バナー広告)が異常に多い

カードキャッシングの地雷(バナー広告)が異常に多い

 世の中はこんな風になっていたんだーと驚いたのでLogにしよっと。

 都内主要駅を出ると、駅前にサラ金の看板がずらりと並んでいた時期がありましたよね。いまは比較的目立たないようになっていますが。
 駅前の一等地で名前の知られたサラ金の看板がすべてそろっており、1番目立つというのは、多くのみなさんがそれだけ気軽にお金を借りているということなんだなあって思って、暗い気持ちになったものです。

 早稲田大学の近いJR高田馬場や、東京大学のお膝元・地下鉄本郷三丁目の駅前など、どこの学生街でも駅前にたくさんの「学生ローン」という消費者金融が立ち並んでいますね。あの風景も美しくないなあ。

 現金を借りるということは、ローンで家を買うこととは違うと思うんですよねー。


 なぜそんなことを言い出したかというと、ネットを見ていて背筋が寒くなったから^^;

 webでニュースや画像を調べていると、あらゆるところで「カードキャッシング」の広告に行き当たります。多くは「登録してカードを作るだけで2000ポイントもらえます」といった撒き餌付です。まずはその2000ポイントがいったいなにに使えるのか、いささか興味を持ったので追跡調査してみました。
  すると次のような形態が一般的でした。
・2000ポイントは、自由に使うことが出来る金券などでは200円くらいの価値になる。ゼロを増やしてインフレをあおっているわけですね。
・現金がもらえることはまずない。提携しているサイトのキャンペーン商品やモニター商品を購入するときの値引きになる場合が多い。
・とはいえ値引き分の倍額くらいはする商品を購入しなければ2000ポイントは使えない。

 つまりすべてではないが、多くの「ポイント贈呈」は、それ以上の、特に緊急性のない商品を買わないと使えない仕組み。
 しかも念が入っていて、200円の金券に変えるためには5000ポイントまで貯めなければならず、ポイントをためるには商品を買わなければならない。

 これ、ニュースでよく聞く「還付金○○」と似た構造だと思ったのですが・・・^^;

 もちろんカードキャッシング専用のカードを作ってもらうことが最大の目的であることは自明の理です。この「キャッシング専用カード」の特徴は以下の通り。

・審査が簡単。保証人も担保も不要。免許証くらいは必要。
・キャッシングとは、日本語で言い換えれば「消費者金融」のことですね。
・キャッシングは迅速。その日のうちに現金が借りられる。とても気軽に借りられる、というのがカードキャッシングの売りです。
・無担保で500万円くらいまで借りられます。
・金利は4%~18%と非常に高利。これは銀行系キャッシングカードも同じ。

 安直さがすごいなーと・・・。


 住宅ローンの場合は、購入した不動産に融資銀行が第一抵当権をつけますから、つまり不動産そのものが担保ですね。それと審査もわりあい細かいので所得証明も出さなくてはなりません。
 かつ連帯保証人も立てます。これはいまどき連帯保証人なんかになる人はまずいないので、多くの方が、手数料を支払い、公的機関の保証人制度を利用します。
 ともあれ、保証人と担保はそろえるわけです。これが借金をするときの最低限の条件かと思います。

 それがカードキャッシングでは、なにもない。無担保で500万円貸すバカがどこにいるかと、貸す側に立ってみると思うのですが、それを補ってあまりあるのが高金利でしょうね。そうとう儲かるのでしょう。
 何百年も昔から貸金業はメチャメチャ儲かるらしいですもん。


 しかもいまの消費者金融って人に会わなくても現金が借りられ、スマホでも申し込みが出来ちゃうので、借金をする心理的敷居は低いでしょうね。

 個人的には、わたしはカードローンも消費者金融もリボ払いも、絶対しない派です。リボ払いが貸し金と一緒になっているのは、金利が同じくらい異常に高いからです^^;

 いま銀行の普通預金年利は0.02%で、100万円預けると年利が200円です。こんな金利は一度でも手数料のかかるATMを使ったら赤字になります。
 対してキャッシング(リボ払いも同じ)の年利は4~18%という、貸す側からすると夢のような高金利。
 借りる側では、100万円借りると年利で118万円返済しなくてはなりません。

 なので、わたしはずっとサラ金はお金持ちでないと借りられないと思っていた。いまも思っている。わたしには100万円借りて18万円の利子をつけて返すようなお金はないよ。
 18万円稼ぐのに何カットの原画を描かなければならないのかと考えれば(笑)、もったいなくてそんな無駄なお金は使えない。


 でも本当は誰でも知っていることだけれど、実際に消費者金融から借金する人はお金持ちではないことが多いんですよね。となるとこれもまた、わたしには、非常に無謀な行動に思えるのです。

 お金に困っている人が高金利を返済できるわけがない。論理的にそうでしょう? 時代劇を見るまでもなく。
 遊興費にキャッシングする人も多いそうですが、その場合は返済するあてがあるんでしょうかね。あるつもりではいるんでしょうねー。でも遊興費やブランド品購入のためにキャッシングやクレジットカードでリボ払いなどを選択する方々は、多重債務に陥る確率が非常に高いのよね。

 多重債務なんて1ヶ月に何度も返済日が来るんでしょ。想像しただけで恐ろしい。小心者なので眠れなくなりそう。わたし、借りたお金は返すべきだと思っているので。


 あとキャッシングの怖いところはブラックリストですよねー。電気代や水道代や健康保険料はそれらを止められるだけですが、キャッシングの返済日にうっかり口座の残高が足りなかったらブラックリストに載りますよ。
 ちなみに携帯スマホの月々の支払いをうっかり滞らせてしまった場合でも、ケースによりますが、おおかたはブラックリストに載りますね。

 うっかりミスはしそうで怖いね。
 ブラックリストに載ってしまうと、10年間ていど住宅ローンは組めませんし、クレジットカードも作れなくなります。
 あとでどう騒いでもブラックリストは簡単には消えないんだなあ。
 フリーのアニメーターはどうせクレジットカードは作れないから、そこはまあいっしょだけどね(苦笑)。
 苦笑・・・というより情けないが。


  唯一カードキャッシングの金利の方が安いと思ったのは、海外で現金を引き出したとき。
 わたし的にはキャッシングはしない派なので、インターナショナル・キャッシュカードで自分の銀行口座から現地通貨を引き出して使っていたのですが、これ手数料がかなり高い。計算してみたら手持ちのクレジットカードでキャッシングしたほうがお得だった。
 この時はなんだかなあって思いました。



 webサイトもなかなか罠だらけで怖いなあと思ったのココロでした。

「作監心得」は近々出来ると思います。








2014年11月18日火曜日

努力しない天才などいない・アニメーター編

努力しない天才などいない・アニメーター編

 さて、アニメーターが才能職であるという話の続きですが、「やっと続きかい!」の上、今さらですが予告タイトルとまったく違います。ですが内容は確実に続きです。


 天才とはどのようなものかというと、まずあげられるのが、アニメーターになった瞬間からプロの絵描きであったり、動きを描けたりするタイプです。

 このタイプは新人なのに圧倒的な技量を持つため、「すごい才能」「天才だ」と言われることが多いのですが、その時点だけで「才能」と決めつけるのは大間違い。
 仮に22歳でアニメーターになり、その時点ですでに先輩アニメーターをはるかにしのぐ画力を持っていた人がいるとする。でもそういう天才はだいたい小学生の頃から大量の絵を描き続けており、中学生くらいでプロ顔負けの緻密なスケッチを量産していたりするんです。(ピカソ参照)

 つまりその人は22歳だけれど、絵描きとしてのキャリアは10年近いと見るべきなんですよね。アニメーターになってからようやく長時間絵を描き始め、それなのに仕事以外では絵の練習をしないままで来た経験5年の原画がいたら、その原画さんはキャリア10年の新人には勝てませんよ。
 3ヶ月もすれば簡単に追い抜かれます。天才を持ち出すまでもなく、そんな例なら山ほどあるもの。

 動きにしても同じこと。わたしを含む多くの一般的なアニメーターが、業界に入ってから、ようやく真剣に動きの観察を始めたと思う。
 でも、長いあいだ動きに興味を持ち、観察を続け、それを絵にしてみて研究してきた新人がまれにいる。そうなると、数年の原画経験があっても、その新人に、動きの本質をつかむという点では、まるで歯が立たないと思うよん。


 アニメーターは絵で動きを描き出す職種なので、天才アニメーターの中には「映像記憶能力」の優れた人も多いです。
「映像記憶能力」を大雑把にいうと、一度見た物をあとで思い出せる能力、という感じかなあ。わたしは画力というものが、ある部分、一定程度、この能力に依存するものであると考えている。
 自分が絵を覚えるときに行った練習の過程を、他のアニメーターや、非常に絵の上手いアニメーターと比較してみて、映像記憶能力は、画力の向上速度に大きな影響を及ぼすと思うに至った。

「3年くらいまえに見たことがあるけど、こんな形だったよ」と、写真資料が得られなかった機械を、記憶をたどりつつ描いてみせた天才アニメーターもいました。出来上がっていく絵を見ながら、「これは話にならないな」とわたしは思ったことがある。しかも頭脳明晰、動きも表現力も天才アニメーターだったし。「わたしとは天と地の能力差だな」という意味ね。
 自分の描いたキャラでも半年で忘れるわたしが、こんな能力を持つアニメーターにどうやって対抗しろというのか、ってことですね。
 無理無理無理、絶対に無理。

 上記のような天才はもともと属する世界が違うので、あえて対抗する必要もないと思うが、他のアニメーターたちを見ていても、わたしより映像記憶能力に優れている人はけっこういると、わたしは最初から知っていた。
 とはいえ、それには明確な対抗策があるので、わたし程度のごく普通の映像記憶能力しか持たないアニメーターのみなさんも、悩む必要は何もないです。なんとかなります。

 天才アニメーターに話を戻します。
 アニメーターはプロの絵描きです。アニメーション業界へ入った新人アニメーターたちがいちばん勘違いしちゃいけないのは、自分が特別だと思うことかな。
 先に書いたように、アニメーターになった時点で、みんな一定の才能はある。でも「みんな」なんですよ。自分だけじゃない。

 プロの世界は、外から見ているとどこも同じですが、アニメーターもプロの絵描き集団だということを認識していたほうがいいです。プロ野球などより、はるかに敷居は低いですけどね。

 だからアニメーターというのは、基本的には、小中高校でクラス一絵が上手だった子、あるいはその上で専門学校なり、大学のアニメーション専攻なりで上位少なくとも30%程度に入っていた人だけが集まってくる職能集団だということを最初から認識しておくべきです。

 プロである以上、クラスで1番の子だけが集まっている場所で、生き残りをかけた戦いをしなければならないということなんです。

 ここに才能の差が横たわり、わたしたちの行く手に立ちふさがるんです。

 ああ、ちなみにアニメーターの才能についてのログは、わたしを含めたふつうの才能しか持ち合わせていない人向けです。経験的に知っていますが、天才には凡人のことはわかりません。また天才がこんなものを読む必要もないですし。

 才能の差を感じたことって、ないでしょうかね、みなさんは。わたしとしては2段階であります。まず天才です。次にわたしより才能はあると思ったアニメーターたちです。
 今回は天才について述べますね。

 うらやましいですね、天才。しかし、どうにも埋められない才能の差がありますから、うらやんでもしかたがない。
 そして天才といわれるアニメーターたちには、わたしが絶対にかなわない共通点がひとつある。

 努力の量(時間)の、圧倒的な差です。

 ここがプロの世界の恐ろしいところですが、1番の子集団の中で「天才」と呼ばれるには努力が不可欠なんですよね。もし天才的な才能を持っていても、努力しなければそんなものはないと同じ。「才能はあると思ったんだけどね」で終わるアニメーターって、いくらでもいますからね。
 だってプロだもの。

 天才といわれる人ほど、努力しちゃうんですよね-。天才に努力されたら、普通のアニメーターでは到底、太刀打ちできないです。努力を努力と思わないほど絵を描くのが好きだったりするのかもしれないけど(あ、いまそういうケースの天才を思い出してくらっときた^^;)

 ある巨匠に言われた言葉で
「僕にはアニメーターにとって一番大切な才能があったと思う」
 というのがあります。
 続きはこうだ。
「僕には努力する才能があった」

 こういう人に対抗はできないね。わたしにとって努力って、つらくてイヤなことだもの。でもその巨匠は、努力が好きなんだもの。なんとなくだけど、巨匠が「努力」を「才能」だというのって、「才能の差」と切り捨てない温情のように思うのよねー。

 わたしみたいに努力が嫌いな人でもね、才能と違って、「努力」はやればできるじゃないですか。同じだけ努力しても、才能の違いで結果に大差が出るのは確かだけれど、それでも努力はできるよね。

 でも巨匠ほどの努力ができないのは、プロ集団においては、わたしの甘えでしかないんだろうなって思います。プロは努力するのが前提で成り立っていますからね。

 だから努力が出来ない以上、人様の才能をうらやんだりしない。才能がある人はいいよね、って言っていいのは学生までで、プロであるからには許されないことだと思うんですよね。

 ともあれ、優れた才能を持って生まれてこなかったくせに、プロの職能集団であるアニメーターになってしまったわけですから、なんとか生き残る方法を、わたしは考えなければならなかったんですよ。

痛い話 ( ̄へ ̄) フッ

痛い話 ( ̄へ ̄) フッ

 健康診断に行ってきました。無料だったのと、そういうときでもないとなかなか行かないので。

 当然、採血もあるよねーと思ったので、予約の上、近隣でもっとも採血のうまい医院へ行きました。痛い思いをしたくなかったからです。

 ワタクシ、通常の採血場所に、血管がありません。
 いや、ある。あることはあるはず。ですが経験の浅い医師、看護師にはそれが見つけられません。それなり経験のある看護師さんでも、躊躇する様子が見られたり、「血管が見えにくいですね」と口に出された場合、100%の確率で1回目は失敗します。従って採血や献血ではたいがい絆創膏が両腕に貼られる結果となります。

 献血ルームの看護師さんって持ち回り制なの? だとしてもそこにいる日には朝から晩まで血管に針を刺しているわけですよね。それでも失敗するものね。失敗率はさすがに低いですが。

 ただ針を刺して血管に当たらなかった、というだけなら、まあ痛みはたいしたことがありません。

 ですが、狙った血管をはずしてしまい「血管が針から逃げるんですよ~」と言いながら、刺した針でグリグリと血管を探すのはやめてほしい。その上「痛い?」と聞くのもやめてほしい。か、な、り、痛いので。

 血管をはずしたらいさぎよく次の場所に変えましょう。

 点滴の針が血管に入らなかったときも痛いですよ。点滴担当医が自信なさそうだったりし、去り際に「もし痛くなったら呼んで」などと言った場合は、100%の確率で失敗しています。
 点滴薬が血管以外に漏れ出ると激痛です。針を抜いても激痛はしばらく続きます。

 そんな経験を繰り返しているので、針を刺すことに躊躇している医師、看護師には「どこでも刺しやすいところへ刺していいです」とお伝えしている。痛さはどこでもかわらないし、ちょっと青あざが残るだけですしね。何度も失敗され、グリグリされるよりよほどいいです。
 手の甲から採血されたこともありました。

 ですが、やはり中には名人がいて見事な採血をしてくれます。今回わたしが選んだ医院もそう。おじいさん先生なんですが、前回、採血の時、一瞬の迷いもなく針を刺し成功していた。
 経験は伊達じゃないと思った。

 だからその医院へ行ったのに、若い医師に変わってしまっていた。とてもイヤな予感がしましたよ。当たりましたけど、予感。
 ためつすがめつしながら、決意して針を刺し失敗。
「どこから採ってもいいです」と言ったのに、「この辺は腱が集まっているのであまり」と抵抗し、しかしさすがに何度も失敗はまずいと思ったのか、本当にお手上げだったのか、結局手首から採血しました。

 採血の時は最初からあきらめているからいいんだけどね(゜д゜)y-~






Photoshopは目が疲れるのだ~

Photoshopは目が疲れるのだ~

 短期間で200枚超のカット画を描くことになって、それがPhotoshopで描くもの(パスで線を引くタイプね)だったので、1日12時間机に・・・PCか、に向かっていたので、ちょい目が疲れました。

 今回はそれほど緻密な絵ではなかったのですが、Photoshopでのイラスト描きって、動画机で絵を描くよりはるかに目が疲れますよね。PC画面って、なぜかじっと見つめてしまい、瞬きの回数が減るのも一因かと思います。
 Wordや一太郎を使っているときにはそのようなことにはなりません。Photoshopなど、絵を描くソフトの時だけです。

 印刷することを前提にPhotoshopで絵を描くとき、デザイナーから指定される解像度は最低400dpiです。原画をスキャンするタイプのイラストは線の再現性が重要だと思っているので、個人的には、PCのスペックが許せば600dpiはほしいところ。(線がきれいかどうかということではなく、線に込められた気持ちの再現という意味)
 しかし、これだと1ドットが見えるまで拡大して線修正などが出来てしまうため、変に作業が細かくなるんですよね。
 目が疲れるのにはそんな理由もあるのかな。

 手書きで原画を描くときには、拡大がそもそもできませんから、見える範囲でそれほど問題がなければよい。絵を描いているわけで、線を引いているわけではないですし。
 だから目が疲れないのかもね。
 しかし動画はいま異常に線がきれいですし、線の離れもはみ出しも許されないので目が疲れるかもしれない。
 動画の仕事が増えすぎですよね。