2014年9月27日土曜日

原画が仕事を失う時

●原画が仕事を失う時

 現状は、「駆け出し」でも、「新人ですがフリーです」でも、作監がたまりかね「この人はもう使わないで」と制作さんに訴える原画でも、仕事に困ることはまったくない。
 需要と供給のバランスが、極端にアニメーター有利な状況だからだ。

(動画さんについては、スケジュールの悪化から社内の動画を手空きにしても海外へ出さざるをえない状況が発生し続けており、潤沢にあるはずの動画仕事が国内の動画さんには回ってこないという問題が10年以上続いている)

 アニメーションの制作本数は、いくらなんでももう限界だろうと言われ続けているが、番組改編時期にフタを開けてみるとさらに作品本数が増えていたりするという、常識的には考えられない事態が起こっている。
 どうやれば、これ以上の作品が制作できるのか、ミステリーでありミラクルでもある。

 だから原画になってから今まで、仕事が多すぎて困ったことはあっても、仕事がなくて困った経験を持つ人は、少なくとも35歳くらいまでの原画にはいないと思う。

 だが、過去には作品数が激減し、原画の仕事もまた激減した時期が2回あった。2度あることは3度ある。今は想像できないが、原画アニメーターにとって、ある日、仕事がなくなる日は必ずまたやってくる。絶対に。

 アニメーターだって義務教育で歴史を学んでいるからわかると思うけれど、ローマ帝国も世界最大規模のモンゴル帝国もいずれ滅びるのであって、永遠に続く「なにか」なんてないんです。
 断り切れないほど原画の依頼がある時期が今ならば、次に来るのは仕事に困る時期ですね。そういう時期を経験しないですむ幸運な人もいると思うけれど。

 制作本数が減った2回目は、もうずいぶん前だけれど、そのときどんなことが起きたのか、次に仕事が減るときの参考に書いておきますね。氷河期をどうやって乗り切るのかということね。



 氷河期に、まっ先に原画の仕事を取れなくなったのはフリーでした。はい、みなさんの想像通り「あまり上手くないフリーの原画さん」には仕事の依頼がなくなったんです。仕事が減ったのではなく、まったく仕事がなくなったのです。
 一介のフリーアニメーターであるわたしのところにすら、人づてに「仕事を紹介してくれないだろうか」という話がいくつも来たくらい。

 わたしは「フリー」なので、フリーにはフリーの身の程というものがあると考えているのね。制作が決めた原画班構成には関知しない。社内の人間でも立場的に原画なら、そこへ口出しすべきではないでしょう。
 したがってわたしが制作さんにアニメーターを紹介するのは以下の3ケースに限られる。

1)自分が作監担当であるとき、作品のため、うまいアニメーターに参加してもらうとき。
2)制作さんから頼まれて、条件に合う人を紹介するとき。アニメーターが仕事を受けるかどうかは関知しない。
3)自分より上手い人、あるいは信頼できる監督が「この人は上手いよ。問題も起こさない」と保証してくれたアニメーター。

 そして紹介しないと決めているのは、自分がその人の力量も人間性もまったく知らないというケースです。知らない人を紹介して、作監や制作さんに迷惑をかけたら申し訳ないからです。

 たまに切羽詰まった制作さんから電話で「誰でもいいから紹介して! おねがい!」と言われた場合には「ほんっとうに誰でもいいのね。なんの保証もできないよ」と確認して原画さんを紹介することはあるのココロ。
 もちろんできるだけ上手くて性格のよい人を紹介しますけどね。
 切羽詰まっているときには「紹介してあげた方が親切」なんでしょねーと思ってのこと。
「上手いよ。でも仕事しないから、制作進行にとってはしんどいよ。耐えられる?」と紹介することもあります(^^)


 さて氷河期の話に戻るが、このとき、仕事を紹介してほしい原画さんたちとは、わたしに電話してきたアニメーターの知り合いということになる。電話をしてきた本人が作監クラスの実力は持っていない。作監クラスなら、自分でどこか紹介するものね。
 その電話してくる人が「あんまり上手くない人なんだけど」と頼んでくるわけだから、本当にあまり力のないフリー原画さんが仕事に困っていたのだと思う。

 もとより知らない原画に仕事は紹介しないことにしていたので、きちんとわたしの考え方や、フリー原画には制作が決めた作画班ローテーションに、無理矢理新たな原画をねじ込むことはできないし、立場的にすべきでないと思っているということを説明して、仕事の紹介はお断りした。
 電話をしてきた本人も、じっさいはその辺をわかった上で頼んできているので、みなさん「そうですよね」と理解はしてくれた。
 でも彼らにとっては親しい友人が困っていたのだろうから、つらかったとは思う。


 わたしはそのころ作品制作本数など気にしていなかったし、わたしのまわりでもみんなそうだったから、「仕事を紹介してほしい」という電話がいくつもかかってきて、その時点でようやくアニメ業界全体で仕事が減っているのだということを知ったのだった。
 いまなら毎年ちゃんと動画協会の白書も読むのですが、当時はそんな余裕、わたしにはなかったんですよね。

 ようやく、フリー原画にとってはただならぬ事態が起こっているなと思ったものだから、情報を集めてみた。フリー原画の半数近くが思うように仕事を取れていなかった。結果として、フリー原画の3割近くがアニメーションを辞めていった。まったく仕事がなかったんだもの。

 このような状況下でまっ先に仕事を失うのは「フリーの原画」だということを明確に示した事件だったのよね。フリー原画は仕事量の調節弁でしかないという事実。
 どの業界でも不況の時、まっ先に切られるのはアルバイトや契約社員なので、世間と同じ仕組みが働いたにすぎないわけだけれどね。

 この事件でわたしがもうひとつ学んだことは、作画プロダクションは予想以上に持ちこたえるということだった。
 わかりやすい例を上げると、仕事がなくなり業界を去るしかなかったフリーのAさん、そしてAさんよりだいぶ力量の足りない作画プロダクション所属のBさん、という経験年数の同じふたりの原画がいるとしたら、氷河期に仕事を失うのはフリーのAさんだけなんですよね。
 Bさんはあまり困らない。


 なぜなら制作部がデスクが、そしてプロデューサーがプロダクションを切らないためだ。多少、仕事の量は減るかもしれない。でも切らない。
 制作側の立場から考えると、切らないのではなく「切れない」のだと思う。下請け会社や小さなプロダクションの社長が積極的に営業活動をしていることも理由のひとつだし、いまは仕事が減っているとしても、次の番組改編で今度は制作本数が激増するかもしれないのだから、そうなったときのことを考えたら「怖くて切れない」ということがあると思う。


 若いアニメーターのみなさん、フリーの原画が切られるとき、どういう順番で切られていくのかだいたいわかったざんしょ。
 メインスタッフが切りたがっていた使えない原画、仕事量が極端に少なくなんの戦力にもならない原画、そうういうフリーからまっ先に切られるんですよ。力量があまりにも足りないフリーは、そういうリスクがあることを覚悟しておく必要があるわねん。

 こういうときのためにと、制作から頼まれたら絶対断らず、どんな仕事でも言われたままに手伝っていたとしても無駄ですよ。制作さんはそんなこと、まったくといっていいほど考慮しないから。フリーアニメーターが思うほど、制作さんの価値観、そこにないですから(笑)


 不安なフリーアニメーターは、雲行きが怪しくなってきたら、いそいでどこかの作画会社に入れてもらうといいかもね。


 またこの氷河期には、必ずしも下手な原画から順に切られたわけではなかったね。ケースとしては非常に少なかったのだけれど、行く先々で問題を起こす、制作さんにとっては急性胃炎の原因も切られていました。
 制作さんにとっては、仮にあとで多少困ろうが、いま切らずしていつ切れるのか、という決断だったんでしょうね。


 わたし? わたしは切られなかったわ。こんなふうに好き勝手なことを書いていますけど、わたしの場合は一貫して昔からこんな感じだったので「ああ、また神村がしょーもないことを」とプロデューサーも思っていたじゃないかなあ。慣れちゃっているというか、気にしていないような感じねー。

「またあいつかー」と思わせたら、勝ちなのかもよー(笑)


 つぎの氷河期、知恵を働かせて乗り切ってね。その前に別な氷河期が来ると思わないでもないけどねー。



 ジャックオーランタンと黒猫 ガラス細工

そろそろハロウィン
(これはわたしの大好きなガラス細工シリーズのミニ猫)



2014年9月25日木曜日

宅配DVDレンタルの使い勝手

●宅配DVDレンタルの使い勝手

 昔は「レンタルビデオ」、いまは「レンタルDVDまたはブルーレイディスク」かな。
 レンタルは見たい映画を劇場で見逃したときに便利よね。また、B級であることがわかっているが見たい、しかし高い劇場料金を出すのはためらわれる映画も、わたしは仕事が一段落したときまとめてレンタルして見ています。

 だが最近の傾向として、レンタル店の大型化とともに小規模レンタル店は経営が成り立たなくなってしまった。以前は何軒もあった近所のレンタル店は、いま一軒も残っていないものね。品揃えは少なくても、近いだけで便利だったのですが。

 おかげでいま一番近いレンタル店が、徒歩20分程度かかるTSUTAYAです。「なにか借りてこよう」というときはそれでもよいのだが、先日どうしても見たいシリーズ物を借りに行ったところ全巻そろってはいなかったため、借りられずに空手で戻った。
 徒歩で往復するにはいささか暑い日だったため、宅配DVDを検討するに至ったわけだ。

               


 webで入会するいろいろなサービスは、基本的に固定月額使用料で成り立っているでしょ。ネットゲームもTSUTAYAも。
 でもわたしはTSUTAYAの月額固定会員にはなりたくなかった。無駄が多すぎますもんね。映画産業で働く人にはみんな、毎月定期的にレンタルDVDを5本見るというような自由はない。自分が担当しているアニメ映画の公開が近づけば、会社命令で2ヶ月休みなしで追い込みにかからなければならないしね。
 わたしたち映像産業労働者にとって月額システムは非常に不利。映画を作っている人には、見たい映画を見たいときに見る自由はまずない(笑)

 だからわたしは、自分の見たい映画はTSUTAYAのリストにためておき、時間のあるときにまとめて宅配DVDレンタルしているのね。料金はそのつど払いなので、月額固定費は発生しないし、一枚単価も充分お安い。

 しかしこの「そのつど払い会員」への登録は、かなり慎重を要しましたね。登録画面を進んでいくと、そこここに「月額固定会員になる」トラップ(^^)があるんだもの。ページ全面のトラップを避け、一番下のテキスト1行をさがしてクリックしないと「そのつど払い会員」にはなれないのことよ。
 月額固定費を払わない会員に登録しおわったときは、ゲームをクリアしたような気がした。

 月額なし会員登録、おもしろそうだと思ったら、みなさんも登録してごらんなさい。でも途中でトラップに引っかかっても責任とれませんけど(^^)

 
 あとね、TSUTAYAサイトを見て知ったのですが、TSUTAYAはいつのまにかマンガの貸本もしているんですね。いま「進撃の巨人」が人気みたいよ。アニメシリーズのアクションシーンも楽しかった。
 個人的にはいまマイ・リバイバルブームが来ている「天体戦士サンレッド」の原作を読んでみたいなーと思っています。アニメ版はDVDを買い全部見たのですが、サンレッドの声が自然で好きです。超低予算のフラッシュアニメ作品だと思うのですが、おもしろくてオススメ(ただし、実写戦隊ものが好きでないと楽しめない作り)







2014年9月19日金曜日

新人制作に対するいじめ

●新人制作に対するいじめ

 正確には「フリー原画および作監からの、新人制作に対するいじめ」についてです。フリーアニメーターのみなさんに、新人制作をいじめていると、将来自分にどのような末路が待っているかをお話ししておきますね。

 社内では職種に関わらず、入社年度による縦階級が残るため、いざこざはもちろんあろうが、それほど問題は起こらない。なので、今回は社員アニメーターについては省きます。

「新人制作に対するいじめ」は、ある程度のキャリアを持つ原画や作監アニメーターに見られる行動だ。こういうことをする人は当然「新人アニメーター」をもいじめると思われるが、両者の間にはあまり接点がないため目立たない。
 対して、フリーアニメーターにとって、制作さんは自分の担当作品との唯一の接点といってもよい。したがって、アニメーターは自分のイライラやスケジュールに対する不満、えらそうにしたいという欲求等々を、すべて担当制作さんにぶつけてしまう。
 中でも新人制作さんというのは、後にどれほど優秀なプロデューサーになる人であっても、最初は突っ込みどころ満載だ。だからいじめやすいんでしょうね。

 新人制作いじめをしているアニメーターを見ると、あるいはその本人から「どのように制作さんをいじめたか」ということを、あたかも手柄のように語られると、わたしはそのアニメーターを「最低だ!」と感じる。

 新人制作に八つ当たりしたり、些細なことで怒鳴りつけたり、仕事をしないという方法で困らせたりしているアニメーターの方。あなたの行為は明確な「弱い者いじめ」ですよね? 同じ態度をプロデューサーにとれますか? とれないよね。仕事を失うものね。

 それならやはりあなたは「弱い者いじめ」を楽しんでいる、サイッテーの人間だと思うよ。世の中、人間として最低の行為はいろいろあるが、「弱い者いじめ」もそのひとつだとわたしは思う。


 自分よりあきらかに弱い者は、守ってやるべきだし、助けてあげるべきではないのかな。
 非力な相手をいじめて楽しいか? あなたは楽しいんでしょう、大好きなんでしょう、自分がえらくなったようで気分がいいんでしょうね。
「弱い者いじめが大好き」な人間は、おそらく一生変わらないと思うんだ。だから近くにいる他のアニメーター諸氏は、そのような人間から、可能な限り早く離れたほうがよいと思う。近くにいるあなたまで巻き込まれてしまうから。

 何に巻き込まれるのか、って? 決まっているでしょう。いじめた相手からの報復ですよ。

 新人制作さんをいじめているアニメーターを見て、わたしが「最低」以外に、もうひとつ内心でつぶやくことは「頭が悪い、バカすぎる」っていうことなのよね。

 アニメーターは上手くなるのにかなりの時間を要する職種だ。そして忘れていけないのは、フリーアニメーターはそこそこ描けるようになったとしても、身分的にはなんらの後ろ盾も持たないということだ。

 だが制作さんは違う。制作職種はおおむね社員採用であったり、少なくとも会社と契約書を交わしている契約社員だ。彼ら彼女らは会社の名刺を持ち、制作会社という後ろ盾を持っている。そうでなければ、名も知らない新人制作からの仕事依頼を、フリーアニメーターは引き受けないだろう。

 そして、ここが肝だが、制作さんは出世が早い。まだ新人だった制作さんと次に会ったとき、彼ら彼女らの肩書きは確実にアシスタント・プロデューサーやプロデューサーに変わっている。場合によっては新会社の代表取締役になっていたりする。
 フリーのアニメーターはその点をよく考えたほうがいい。あなたが八つ当たりして唇を噛ませた新人制作さんは、次に作品で出会うときにはプロデューサーになっていて、直接口をきいてくれることすらないかもしれないということを。

 いじめたほうは忘れていても、いじめられた方は決して過去を忘れない。そして仕返しの機会はいがいと早く訪れるのだ。
 わたしは、理由なくアニメーターにいじめられた制作さんは、仕返しできるようになったら仕返ししてかまわないと思う。というよりむしろ仕返しすることを推奨する(笑)

                                   

 えらそうに弱い者いじめをしたアニメーターには、身をもって因果応報という言葉の意味を理解させたほうがいい。そうしないと新人制作をいじめるアニメーターは減らないと思うので。
 陰でカッコイイ仕返しのしかたを考えて下さい。表立つ必要はありません。


 先の「頭が悪い、バカすぎる」という端的すぎる悪口は、
「制作さんはアニメーターの何倍も出世が早いのにね。先が読めないなんてバカねー」という意味である。とはいえ弱い者いじめをするような人間には消えてほしいので、「そういうことをしていると、いずれフリーでやっていけなくなっちゃうよ」と親切にレクチャーはしない。
 最初にも述べましたが、新人制作さんをいじめるような人間は、接点さえあれば、確実に新人作画もいじめるに決まっている。そんな人間、アニメーター職種にいてくれなくてけっこうですのことよ。


 さて、最後に一点だけ、新人制作さんにお願いがある。

 あなたも最初は山ほどミスをすると思うし、毎日叱責や注意を受けると思うのね。そこで気をつけてほしいのは、注意はいじめとは違うということ。
 やっと準備ができて、カットを抱えて仕上げ入れをしたとする。そのとき仕上げさんから「時間と枚数が約束と違う。ちゃんとやってくれないと困るよ」といわれたとする。あなたは「精一杯やったのにそんな」と思うかもしれない。でも、仕事だから約束と違っていたら注意されるのはしかたがないよ。
 こういうことを「いじめ」と勘違いしないでね。このような注意はあなたが経験を積めば起こらなくなるからね。

 新人はみんなたいへんだけれど、アニメーション業界では新人制作さんが一番たいへんだと思う。なぜなら、話数担当制作という仕事は経験と高いスキルを要求されるとてもむずかしい仕事だから。正直言って、とても新人にできる仕事ではないとわたしは思うよん。でも制作の新人はそれをやらねばならない。

 つらいことも多いと思うけれど、がんばって!
 あなたなら出来ると思われたから採用されたんですよ。







2014年9月16日火曜日

フリーになるのはまだ早い

●フリーになるのはまだ早い

 神村が考えているフリーの条件は以前に述べたとおり。

【フリーとは、どこへいっても確実に通用するだけのすぐれた実力があり、各社から指名で仕事がくるアニメーター】

 これは理想条件で、自分がほとんどキャリアのない頃からフリーであったことを顧みると「すぐれた実力」というあたりが、自分でいっていながら気恥ずかしいわねん。
 フリーになったばかりのときは、作監や監督に度量があったので「なんとか通用した」という水準だったと思う(^^;)   このお二人の先輩に、フリーとして通用する水準まで引き上げていただいたようなものだ。
 作監さんは他社の方で、監督さんはフリーだったが、このお二人にも1年半ていど甘やかされ続け、好き放題させてもらった。わたしは甘やかされると伸びるタイプかもしれん。

 誰か、もっと甘やかしてほしいのココロ~~~(=^・^=)


 さて、自分の至らなさは取りあえず電車の網棚に乗せといてだ、自分がフリーで仕事をしていく上で出会ったフリーアニメーターたちの中で、「この人はフリーになるにはまだ早い」と思った典型的な例をふたつあげてみよう。
 当てはまるかも、という方がいたら参考にしてね。


1)テレビシリーズの作打ちで会った、フリー原画「Aさん」の場合。
 仮に「Aさん」としておく。Aさんとは初対面だった。若くてキャリアは少ないが、態度は堂々としていた。そこはえらいと思う。
 しかし、作打ちを観察していて、ここは演出に質問しないと原画を描けないだろうと思う箇所でも黙っており、作打ちの間ずっと機械的に絵コンテをめくるだけでメモもせず、そもそも作打ちになんらの興味も示していないように見えた。
 だからこのAさんは、「作打ちはなんのためにするのか」ということすら知らない水準の原画かもしれないと考えた。

 Aさんの原画を見たことがなかったので、カット分けは制作さんがおこなった。Aさんには比較的主役が動き回る部分が割り振られた。とはいえ緻密さを要求しない、気楽に動きを描いていける楽しいシーンだった。
 ただ、その中に描くことがすこしむずかしいものが出てきており、作打ちのあとでAさんにたずねてみた。
「これ、むずかしいようでしたら、そこだけこちらで原画を描きましょうか?」
  作監としては、どうせ全修するならそのほうが早い。
「ぜんぜん描けますよ」
 というのがAさんの返事だった。相手に微塵の不安も与えない、かもしれない、明確な断言だった。

 本人が「描ける」というのであるから、「いや、本当は無理でしょう」と言うわけにもいかず、しかたがないので任せることにした。
 しかし、作打ち時の態度を見ているので、なにもわかっていない原画であることは明白だとわたしは思っていた。

 結果としては予想通りで、本当のことを言えば予想を裏切ってほしかったのだが、そうおいしい話はなかなかないわけで、まずレイアウトで全カット全修の上、動きすべてのアタリとシートもつけて返却することになった。
 動きもシートもつけて返したら、原画は清書するだけで済むので、原画上がりはまあまあ速かった。
 
 そうすれば、その原画をそのまま通せると思いますか、みなさん。まったくそんなことはないんざんす(笑) なにしろ動きのイメージがわかっておらず、アタリをただなぞっただけの原画など使えません。
 レイアウト戻しで下書きに近いアタリとタイムシートをつけたのは、作監作業時に自分のアタリから原画を描き起こすためでした。最初から原画を描き直すつもりのとき、わたしはよくそうします。
 あとで自分が楽なのと、動きのイメージなどは描き写すだけでもそれなりに身につくので、原画さんがすこしでも動きをおぼえてくれたら嬉しいなという、ふたつの目的があってのことです。二兎を追って二兎を得る。合理的でしょう?

 Aさんは初見のアニメーターだったので、全修とはいえこのような方法になりました。知っている原画さんの場合は、シーンの中で重要なカットだが絶対にその原画さんには描けないであろうというのは、レイアウトを見るまでもなくわかりますよね。
 このような場合、わたしは先に自分で原画を上げてしまうことがよくあります。そして担当アニメーターから原画が上がってきたとき、カット袋の中身を入れ替える。
 重要なカットの場合、そこを先に決めておかないと、シーンのレイアウトチェックもなにも進まないので、効率のため、あえて取る方法です。

 Aさんにはその後お会いすることはなかったが、わたしの全修がすこしはAさんの役に立っていたらいいと思う。

 Aさんの場合、フリー原画として独り立ちするのはまだ早いと思った。また「全く描けず、過去に一度も描いたことがなく、かつ完全に興味がないため今後とも覚えるつもりのないもの」を割り振られた場合、「これはまったく自信がないので」、と正直に申告したほうがよい。そのほうが他のスタッフがみんな助かる。フリーといえどもすべてを完璧に描ける人はほとんどいないわけだから、決して言っていけないことではないですよ。
 まともに絵になっていないレイアウトや原画を出し、実力を本来以上に低く評価されてしまうよりいいと思うのです。
 悪い評価はすぐ伝わってしまうので、将来を考えたら「できないものはできない」と、ある程度、合理的に割り切っていいのよん。

 このAさんの場合は、数年はどこか上手い人がいる会社で席を借りるなり、自分の好きな作監を訪ねていき、独り立ちできるまではそこに置いてもらうなりするといいですね。
 
 フリーは、ひとつの会社で、しかもテレビシリーズていどで全修されたりすると、そこでは次の仕事がなくなっていまう。いろいろな会社の仕事をすればするほど、自分の仕事先を狭めてしまう。
 いちど「使えない」という烙印を押されたフリーは、あとが厳しいよ。

 だから、あまりあせらないで、それなりの力がつき、指名で作品に呼ばれるようになるまで、いまの場所で実力をつけましょ。うまくなれば、ちゃんとメインスタッフは見ていてくれるからね。
 あせっちゃだめよ(^^)



2)テレビシリーズの作打ちで会ったBさんの場合。
 仮にBさんとする。Bさんとは、いわゆる「フリー班」の作打ちでお会いした。ほかの原画はわたしともうひとりのベテラン原画さん。3人で1本を担当する、わたしにとってはよくあるパターンだった。
 ベテラン原画さんは何度かいっしょの班で仕事をし、その人の作監もしたことがあるので「それほど大きな問題はなく、そこそこ描け、手も速いほう」と知っていた。一般的にフリー原画として通用するタイプだと思う。

 作打ち後にわかったが、わたしとベテラン原画さんがいたフリー班だから、そこにBさんが差し込まれたのだった。
 Bさんは作打ち前も作打ち中も終始無言だった。そして態度は控えめだった。

 作打ちが終了し、誰がどこを担当するか決めましょうという段になり、そこで制作さんから初めてBさんのキャリアを聞いた。
「Bさんは新人なので、一番簡単なシーンにしてもらっていいですよね」

 制作さんのこの発言で、積年わたしがフリー原画として作打ち時に感じていたモヤモヤが、明確に形を取り、論理的になんらの矛盾もない考えだということが言語化されたんですね。

「その考え方はおかしいでしょう」
 わたしはようやく気づいたんですよ。「神村、ベテラン原画、新人原画」という、じつにわかりやすい班構成だったからこそ、アニメーション業界で当たり前のようにおこなわれていることの問題点に。

 フリーで仕事をするようになってから、ずっと、本当にず~っと、いつも必ず、お約束のごとく、作打ち後のカット分けでわたしはいつも一番面倒なシーンを割り振られていた。
 それがしかたのないときもある。作打ちに参加しているメンバーが全員フリー原画で、みなそこそこ一人前のフリー原画なのだが、このシーンは神村が適任であろうと思われるとき、そして他のフリーの原画さんたちから「おねがいします」と言われるとき。
 あるいは演出が知り合いで、最初から面倒なシーンを担当してもらうつもりで神村を呼んでいたときなどだ。

 だが、この時は「それは違う!」と目が覚めた。そして黙っていてはいけないことだとも思った。
 だからわたしは制作さんにたずねた。
「ここにいる原画は全員がフリーの立場で参加しています。フリーという労働形態はすなわち独り立ち出来ている原画という意味です。わたしたち3人の原画単価は同じですよね」
「・・・同じです」
「単価が同じであるということは、原画の品質もまたおなじである必要がありますよね。みな同じ立場のフリーなのですから、そこに経験年数は関係ありません。カット分けは平等にジャンケンで決めましょう。勝った人から好きなシーンを選ぶ。それがおなじ単価で仕事をするフリーとしての平等です」

 じっさいのことを言えば、このときの作品はべつにどのシーンでも悩むような面倒はなく、わたしにとってはどこでもよかった。しかし、矛盾に気づいてしまった以上、言わねばならぬ。言わなければなにも変わらないのがこの業界だ。
 言ってもほとんどなにも変わらないのだけれどね(笑)

 わたしの意見は正論だったから、制作さんと演出さんは顔を見合わせたりしながら「どうしたものか」と考えていた。Bさんは相変わらず黙っていた。制作さんが思い出したように手を叩いた。
「Bさんはフリーといっても、当社の中で育てている新人原画で、本当のフリーというわけでは・・・」
「そうなの? それなら安心ですね。どのシーンを担当しても社内の作監に教われるものね」
 これはわたしの本心だった。だいたい、まだなにもわかっていないであろうBさんは制作さんに連れてこられただけで、Bさん自身にはなんの落ち度もないのである。

 ベテラン原画さんが「ジャンケンでいいんじゃない?」とグーの手を上げて見せた。この人にとっても、どこのシーンでも変わりはなかったから、サッサと帰りたかっただけかもしれない。

 そのような経緯で、ジャンケンによるカット分けがおこなわれた。べつにむずかしい作品ではなかったから問題ない。

 このBさんのような場合、社内に机を借りているのであれば、制作さんが社内班に加えてあげるのが最善の方法だったと思う。フリー班に新人原画をまぜちゃいけません。独り立ち出来ていないフリー原画は問題があると思うし、ましてや「新人ですがフリーです」は、存在するはずがない、存在してはならないものである。

 新人原画さん自身は制作に言われたとおりにするしかないのだから、フリー新人原画(あってはならないが)の場合は、制作さんがよく考えてあげてね。


 描ける原画にむずかしいシーンを担当してほしいという気持ちは、演出も作監も制作も同じだ。それなら、どんなカットも単価は同じという状況をやめないと成り立たないと思いますよ。
 アニメーターが黙ってやるからやらせている、というのが本当のところでしょう。


 最近、聞いた話ではPAワークスでは、手間のかかるカットは単価を上げているとのこと。

2014年9月15日月曜日

速く描くために、試してみたこと

●速く描くために、試してみたこと

 速く描くために、精神論や考え方は置いといて、誰でもできる具体的な手段を教えてほしいと言われたので教えます。
 でも、教えたからには実践してみて、結果を報告してほしいよね。よろしく(^^)

 本題に入る前に(前置きはいい! という意見もあろうが、本編の前には必ずキャッチが入るもの)、だから本題に入る前にね、アニメーターの仕事の中で1番速さを要求される職種はなんだと思う? 

 わたしは作監だと思うのね。
 原画の時は、自分の出来る量を積み重ねていくだから、ある程度、計算が成り立つ。しかし作監の場合、原画アップ日を守らなかった原画が最後にまとめて上げてくる原画を、なんとか直しきらなければならない。原画がアップ日を守らなかった分も含め、作監はアップ日を守らなければならない。

 そのようなときの作監が手を動かす速度は、アニメーターのどの職種より速いと思う。逆に言えば、作監職は手の速い人でなければ無理だと思う。
 原画を速く描く考え方については、先に述べたので、ここでは原画や作監時に、秒単位で時間を削っていく具体的な方法を紹介します。ただし、これはあくまで神村が考えた方法だ。人により、向き不向きはあるからね。

1)消しゴムを使わない。
 いきなり、「オイオイ」みたいなのが出てまいりましたね。
「描き間違ったとき、消しゴムなしでどうやって直すんだよ」と言っているそこのアナタ。わたしは「絶対に」とか「まったく」とは申していないざんす。「ま、なるべくなら」消しゴムは使わないほうがいいネ(^^) ってことでございます。
 消しゴムで消したり描いたり、また消したりしている時間が「ほぼゼロ」になったら時間節約になるでしょう? 速く描くなら、この描き方は身につけよう。1枚の下書きで10分の節約になるはず。

 アニメーターの下描きのしかたは、みんなだいたいいっしょだと思う。色鉛筆で流れや向きのアタリを取り、その上から実線で下描きをしていく。色鉛筆で流れやブロックをアタルのは、このとき実線でアタリを取ると下描き後にどの線を拾うのか不明確になるためですよね。最初に色鉛筆を使うというのは、誰かが考えた時間節約の手法だと思う。
 そのあとの実線で描いた線が、清書で拾う線になるということよね。このときの実線下描きを一発で決めなはれ、ってことよ。

 色鉛筆でいちどアタリを取っているのだから、ここで迷ったらだめ。神村的には、絶対の自信を持ってここは1本の線で決める。この時の自信に根拠などない。だが勢いはある。速く描くためには、時には根拠のない自信も必要だ。

 しかし、わたしたちの先輩はもっとすごくて、色鉛筆のアタリなど取らずに描いていた。下描きもしていない。いきなりきれいな線でキャラクターを描き出していく。そういうテクニックを持っていた。下描きなしだから速いですよ。目の前でサクサク原画が、あるいは修正が描かれていく。
 どうして下書きなしで描けるのかたずねたら、「最初から下書きなしで描く訓練をすればできるようになる」のだそうだ。
 しかし、この訓練をわたしはついにしなかった。画力が追いつかないと思った。

 階段を上っていくフルショットの女性を描くとき、大塚康生さんは次の段に乗せた足から原画を描き始め、だんだん上へと描いていき最後に顔を描くという方法を普通に使っていた。それももちろん下書きなしで一発原画です。当然、速かったです。

「アニメーターなら、どこからでも描けないとね」と、足から描き始めてキャラクターを完成させて見せてくれた人はほかにもいた。こういう描き方ができれば最高ですね。でもさすがにハードルが高いので、せめて消しゴムで直す必要のない下書きを描きましょー。

 わたしの場合、ほとんど消しゴムを使わないので、消しゴムが全然減らないうちに劣化してしまう。1年に一回取り替えるていどなので、鉛筆のオマケに付いてくる消しゴムが余ってしかたがない。

 シャーペン式の電動消しゴムっていうのもあるでしょう。以前人様から「便利だよ」って、もらったことがあるのですが、ついに一度も使わなかった。もらい物なので捨てるわけにもいかず・・・ジャマだった。ゴメン。


2)原画上がりを翌日見なおさない。
 またまたテキトーな仕事のしかたをしているように思える発言ですね。
 そうではないの。以前、「原画をたくさん上げるためにはリテイクを減らすべき」と述べました。それとなんら矛盾しないところで「原画上がりを、翌日になってまた見なおす」という行動を取るな、ということです。
 その日に描いた原画はその場で、抜けやミスがないかキッチリチェックします。そして、「よし!」となったら上がりの棚に乗せる。いったん「上がり」の棚に置いた原画上がりは、翌日になって「ちゃんと出来ているかなあ、おかしいところはないかなあ」と見なおしては、絶対にいけません。もう前日、制作さんが回収していったので手元にない、とでも考え、その存在を忘れる、あるいはあきらめて下さい。

 一晩おいて、上がり原画を見なおしたら最後、アニメーターの習性として「ここをもう少しどうにかしたほうが、いいかもしれない」と必ず気づいてしまうのです。そこで直し始めたら、原画はいつまでたっても上がらない。余計な時間がかかるだけだ。
 たとえ直したとしても、その翌日見れば、どうせさらに直したくなる。原画を速く上げるには、そのような無限ループにはまってはいけないのですよ。

「あきらめる」
 速く上げたければ、そういう考え方をして下さい。割り切るんですよ。

 まだ技術が追いつかない新人は除き、テレビシリーズ1カット=4000円の原画を、きっちり4000円ちょうどの労力で描くアニメーターはほとんどいないとわたしは思う。多くのアニメーターは、プロの絵描きとしての矜持または責任感から、4000円のカットに6000円以上の労力をつぎ込んで描いているはずだ。そうでなければよい原画は描けない。
 だったら、もういいじゃないですか。単価の150%分の仕事をしたのなら、それ以上はもう割り切っていいんじゃないか。そのようにわたしは考える。

 あきらかなミスに気づいたときは別だが、速く上げるために、原画上がりの見直しはしない。してはいけない。これで1カット当たり、1時間ていどの節約になる。

 とはいえ、速く描くことに重きを置かず、自分が納得できるまで直したいという原画さんも存在する。そのようなタイプは、おおむねよい原画を上げてくる。自分の描いた原画に、技術的こだわりがあるのだと思う。
 こういう人に「終わった原画は、もうあきらめて、割り切って出せ」と言っても通用しない。絶対に量は出来ないタイプだと思うが、絵描きとして見た場合、このようなこだわりは、それはそれで正しいのであり、そうすることでよい原画を上げているなら、立派なアニメーターだと思う。

 わたしがいま述べているのは、あくまで速く上げる方法なので、それがイコールよい絵描きというわけではないのですよ。割り切りをよしとしないアニメーターもいることは充分に理解している。
 また劇場用作品では、基本的に割り切りはできない。

 では次。


3)極力鉛筆を持ちかえない。
 鉛筆を持ちかえる時間さえ惜しむ描き方をせよ、ということね。ここまでくると、ある意味、極論に近いです。これで減らせる時間は、1枚当たり5分程度かもしれないが、速く描くということはそういう些細な節約の積み重ねなんだろうと思う。

 鉛筆を持ちかえないために、わたしはどんな作品も、どんな大きさの絵もHBで描きます。HBは絵を描くためには少し硬すぎる鉛筆だと思う。だが、硬いからこそガリガリ描いても鉛筆の減りが遅いです。つまり鉛筆を削る回数が少なくてすむ。
 HBが硬いことの難点は、腕にかける負担が大きいこと。腱鞘炎に弱いタイプのアニメーターには、HBでガリガリという描き方は向いていない。

 また太めの線でタッチを重視する作品にも向いていない。わたしはそのような作品でも、芯を太めにして力を入れることで、HBから持ちかえることなく対応する。
 すばらしい絵をお描きになるある巨匠は、絵の大きさによって、3BからHBまでの鉛筆を持ちかえていた。
 巨匠の作監修正作業を後ろからのぞき込みつつ
「絵の大きさで、鉛筆を使い分けてお描きになるのですね」
 と、わたしが言ったところ、巨匠は手を止め振り返った。
「神村さんもそうするでしょう?」
「いえ、わたしはなんでもHBで」
「・・・・・」

 巨匠の視線はちょっと冷たかったですね(^^;) 
 そりゃあ、巨匠、あなたは下書きなしで修正していくのですから速いでしょうが、わたしにはそういうまねは出来ないので、なんでもHBというのはわたしなりの時間節約方法なのですよ。・・と言いたかったが、時間節約のために絵の表現を殺すことなど邪道と思われている節のあるその巨匠にはいえませんでしたわ、はい。

 また、RETAS が導入されてからしばらくは、なんでも細い均一の線で動画することになっていたから、たとえ劇画タッチ作品のアップショットでも、原画のタッチは殺されてしまう。すなわち、太い線で原画を描くと、動画クリーンアップ時に、太い線幅から細い1本線を動画さんが選択していかなければならない。
 それならば、最初から裁量の余地ない細い線で原画を描いた方がよいではないか、と考えたのもHBに一本化の理由のひとつだった。


4)色鉛筆の代わりにサインペンを使う。
 色トレスでの影、ハイライトがやたら多い作品の場合、わたしは色トレス線を引くのにサインペンを使っていた。単純に時間を節約するためにサインペンを選んだだけである。
 サインペンの利点は、色鉛筆に比べ線を引く時速が3倍。そして削る必要がまったくない、ということだ。不利な点は、わたしとしてはない。
 しかし、見た人は「サインペンだと間違ったとき消せないでしょう?」と心配していた。
 間違わないからいいんです! ではなく(^^)間違ったときは、あきらめて「×バツ」をつけて消していたのコト。どうせ色鉛筆だって、けっこう消せないのだからそう変わりはない。速さのためには、どこかである程度の割り切りは必要ですよ。
 これで1枚10分節約出来る。これは大きいですよ。とくに作監作業のときにね。

 そしてアニメーターはわかっていると思うけれど、硬質色鉛筆は腕に負担をかけますね。でもサインペンはまったく力を入れなくても描けるのだ。速いよっ!

 とはいえサインペンを使用するというのは、追いつめられてしたことだから、ふだんここまでする必要はあまりないとは思うけれどね。


 すこしは参考になりましたかね。
 それぞれの人に向いた時間節約方法が見つかるといいですねっ。
がんばってみて\(^ ^)/







2014年9月13日土曜日

カット数が上がらない理由

●カット数が上がらない理由

 原画のカット数が上がらない理由とはなにか。テレビシリーズを主体に考えてみたい。

 アニメーターは、大量の絵を描いてキャラクターを動かしていく、というその職種的要求として、速く描くことを運命づけられた絵描きだ。
 だが現状、20歳代で「手が速い」原画はめったにいない。潜在能力として速く描ける人は相当数いるはずなのだが、速く描く訓練をする機会に恵まれていない。

 また10年以上のキャリアがあり、どんなカットが来ても、そこそこ描ける原画さんであっても、思うようにカット数を上げられない。それどころか、以前より月産カット数が減っていたりする。
 いったいそれはなぜなのか。

 大きな原因だけ取り上げると、以下のようなことが考えられる。

1)・速く大量に描ける絵ではない。
2)・一度に多くのカット数をもらえない。
3)・スケジュールが短いため、多くのカットを持てない。
4)・一作品に専念できない。
5)・レイアウトが戻ってこない。レイアウト一原の場合はとくに戻りが遅い。
6)・仕事がスケジュール通りに動かないため、時間的無駄が出る。


 ひとつひとつの原因に、本来は複雑で細かな要素が含まれ、精密に論ずるとあっさりブログの域を超え、論文の水準に達するのが明確なため、かなりざっくりと分析していく。
 ではまず(1)から。

1)・速く大量に描ける絵ではない。
 日本の手描きアニメーションのすごいところは、どう見ても動かすことには不向きな線の多いキャラクターを動かしていることだ。このような絵は、画力に関係なく速く描くことができない。
 わたしは作品によって、絵を描くのにかかる時間の違いを計測したことがある。
 しばらくのあいだ毎年、「映画ドラえもん」で原画を担当しており、ドラちゃん以外の時は劇画タッチの作品を描いていた頃だ。どちらもキャラクターには慣れていた。だから線を引く時速は作品が変わってもいっしょだった。
 したがって絵を描くことにおいて、条件はほぼ変わらないと考えてよい。

 ドラちゃんも他作品と同様、映画になると動きと演技、画面内のキャラクター数が増える。1カットの原画枚数は多い。だからカット数はテレビシリーズのようには上がらない。
 とはいえ、絵に慣れているので下描きは速い。

 劇画タッチ作品のほうは線は多いが、下描き時にはラフな絵ですませていたのでこれも描くのはけっこう速い。大きく動いていればなおさらだ。手を動かす時速自体は、慣れた作品であれば絵柄には左右されない。
 劇画タッチの作品で下描きに時間を要するのは、止め絵の時であろうと思う。

 つまり、下描きではドラちゃんも劇画タッチも、1枚にかかる時間に驚くほどの差は出ない。
 決定的な差が出るのは清書時だ。清書時にはキャラクターの「線の総距離÷手を動かす時速」で大きな差が出た。

 ドラちゃんの場合には、清書にほとんど時間はかからなかった。線が少ないから当然だ。そのため、1日5カットのノルマであれば、5カット分の下描きさえ終われば、清書時間は無視できた。下描きが出来た時点で、その日のノルマは達成したようなものだった。

 しかし劇画タッチ作品ではそうはいかない。清書作業に入るととたんに、線の量がそのまま時間の消費量となってくる。「実線の距離+色トレスの距離」で線を引く時間が格段に増える。影&ハイライトは色トレスだが、色鉛筆は速く線を引くことには適していない鉛筆だ。アニメーターなら誰でもわかっていることだが、いわゆる「滑りが悪い」わけですね。
 かつ、思いのほか時間を取られるのが、影とハイライトに色を塗っていく作業だ。
 以前、アニメ業界では、劇画タッチのキャラクターは、基本的にすべてびっしり影がつけられていたので、色鉛筆に持ち替えてからの時間が長かった。速く描くためには鉛筆の持ち替えや、鉛筆を削る回数も減らす必要がある。しかし、それができない。
 がんばって描いても、1枚の清書に15分かかった。1時間に4枚の清書しかできない計算だから、動きや演技を考え下描きをしているほうがはるかに速い。
 そのため、下描きが終わったあと、清書にどれくらい時間がかかるのか予想できない。こういう絵で量を上げるのはむずかしい。

 いまは影の付け方が洗練されてきて、いつでもなんでもびっしり影をつけるという作品は減った。だが萌え系が増えた分、瞳の中がメカのように複雑なキャラクターが多くなり、どれほど色トレスの労力が軽減されたのかわからない。
 原画清書の線が丁寧になったこともあり、1枚の原画にかかる時間は増える傾向にあると思う。

 これでは、いくら速く手を動かす人でも、カット数をこなすのはむずかしい。


2)・一度に多くのカットをもらえない。
 前回ブログの、たくさん上げる方法を試したくてもできない理由だ。

 1作品、1話数の作打ちで「50カットちょうだい」と言っても、まずもらえない。制作さんが怖がって出さない。怖がる理由は、相手の原画さんを信用していないということもあるとは思うが、根本はもっと複雑で、下記に出てくるスケジュールやレイアウト戻しなどとも絡んでいる。

 どちらにしても、原画が上がらなかったとき、50カットのまき直しはきつい。20カットならだいぶ気は楽になると思われる。

 しかし原画の側からすると、20カットしかもらえないと、3話数、あるいは3作品を平行して作業せざるを得なくなり、非常に効率が悪く、なによりスケジュールが読めないという事態になる。
 このような現状でカット数を上げるのは極めてむずかしい。


3)・スケジュールが短いため、多くのカットを持てない。
 2週間のスケジュールでは、いくら速くレイアウトを出しても、待ち時間が発生する可能性がある。4週あれば60カット描ける原画さんでも、2週間しかない場合は20カットしか受けられない。これは原画側から考えた安全策としてそうなる。4週28日間のあいだに3日風邪で寝込んだとしても、残りの25日で挽回できる。
 しかし、2週14日間しかない場合、3日寝込むと11日間しか残らない。1週間7日スケジュールでは風邪などひいている余裕はないということだ。


4)・一作品に専念できない。
 これもカット数を上げるための方法とは逆の状況だ。社内原画の場合は在籍会社の方針に従うしかないが、フリー原画の場合は、収入を増やすために、できるだけ1作品に全力を投じたい。・・・と思ってもできない現実があるのコトよ。
 ここまで述べたように、60カットほしくても20カットしかもらえなければ、3社3作品から20カットずつ仕事を取るしかない。幸い、というかなんというか、選ばなければ仕事はいくらでもある。各社からいくらでも電話は来る。

 そうしたら、数社の掛け持ちをするしかないでしょう。たとえ効率が悪くても、不得意なタイプの作品であっても。

 フリーのアニメーターは、常に潜在的失業状態であるから、いつ仕事がなくなるかわからない。それは困る。とりあえず来た仕事は少しでも受けておき、各社に顔をつないでおきたいと考える。そういう人は多いですよね。当然の気持ちだと思う。

 また、本当に1週間スケジュールの原画仕事っていくらでもあるから、そういうものが次々入ってきた場合、月3作品どころではなく、10作品以上の同時進行という場合すらある。
 わたしは3ヶ月くらい描かないとキャラクターを覚えないという欠陥があるため、複数作品同時進行ということはあまりしないが、最初からそういう状況で原画を始めた人たちは、それが普通だと思っているでしょうね。
 そして「どんなところでも育つ人は育つ」と昔から言われているとおり、新人原画でもこの状況で、何を描いても必ずその作品のメインスタッフに評価される人がいる。新人原画の頃のわたしにはできなかったことだと思う。
 こういう人を見ると、たいしたものだなあって感心します。

 とはいえ、やはり効率はよくないだろうから、収入的には気の毒だ。

 あと、非効率的な複数作品同時進行をしている原画さんには以下のようなタイプもある。

・制作さんに頼まれたら断れない。数カットでもよいからと言われ、気づいたら10作品を超えていた。
 こういう人はフリーに向いていないと思う。管理がまったくできていないものね。制作さんは「この人は断らない」、と知っているから頼んで来るわけ。制作的には間違っていない。
 けれど、アニメーターとしてあなたは便利屋に使われているだけで、おそらくメインスタッフにも制作さんにも評価はされていないと思うのよね。

・少しくらいなら手伝ってもいいよ、と多数の会社から仕事を受けていると、自分が売れっ子のようで気分がよい。
 単なる勘違いですね。「少しなら出来ないこともないけどさあ」なんて言ったら、制作さんはすぐにあなたの使い方を理解する。だって、彼ら彼女ら制作は営業ですもの。いい気になって上から目線でもの申すアニメーターをおだてるくらい、簡単にできますのことよ。

 でも「売れっ子」というのはね、収入が伴って初めて売れっ子といえるわけ。自分の収入を顧みて、早く目を覚ました方がいいと思う。悪いことは言わないから。ねっ!


・1作品だと飽きてしまうので、常に3作品くらいあるのがちょうどよい。
 こういうアニメーターって実際にいるので、この場合は好き好きということかなぁ。仕事の仕方はそれぞれだものね。 


5)・レイアウトが戻ってこない。レイアウト一原の場合はとくに戻りが遅い。
 この問題はあとで掘り下げなければならないと思う。
「レイアウトが1ヶ月以内に戻ってこないときは、原画を引き上げてもらう。スケジュールが立たないから」という話を聞いた。テレビシリーズでね。
 1ヶ月立ってもレイアウトが戻ってこないということは、この原画のスケジュールは最初から1ヶ月以上あったことになりますね。結果論だけれどね。

 わたしは手伝いのバラまき仕事は、知り合いから頼まれた時しか受けない。知り合いからなら、相手がこちらに何を求めているのかわかるから。
 それ以外でのバラまき仕事はこわい。いいものを描ける気がしない。
 ということで、知り合いからバラまき原画を25カットほど受けたとき、原画アップ日にレイアウトが3カットしか戻ってきていなかった、という経験はふつうにありますよ。

 こういうことって、誰がどうすれば解決できるのか。少なくともアニメーター、演出が自分たちで出来ることはないのか。あとで話し合ってみたいと思う。


6)・仕事がスケジュール通りに動かないため、時間的無駄が出る。
 スケジュールを組んだら、スケジュール通りに動かそうよ、っていうのはある。動画は締め切りまで3日間程度、仕上げさんに至っては朝入ったカットをその日のうちにUPさせている。
 その状態が毎日続くということは、どれだけたいへんなことだろう。背景さんも撮影さんもスケジュール通り仕事をしている。このあたりの部署が締め切りを遅らせたら後がない。だから決して遅らせない。

 スケジュールをガッタガタにしている犯人は誰なんだ! ってことよねー。

                   
                                  赤城さん、謎を解いてくれないかなー(^^)


 最後にですが、「フリーで原画を受け、あってないようなスケジュールに振り回されている皆さん」にひとつ助言をさせてほしいのよ。

 それは、「せめて仕事は制作会社から直で取った方がいいと思う」ってこと。

 どう見ても、一次下請け会社、二次下請けプロダクションと降りていくごとに、スケジュールがつかめなくなっていくんだもの。
 作品の全体が見えないからかもしれないね。








2014年9月6日土曜日

最近、買った猫

 最近、新たにトラ猫と白猫を買いました。
 前々からほしかったセンサーライトとコーナークッションです。わたしは基本的に、商品があれば猫を買うので、両方よさそうなのがあったということですね。

トラ猫はこいつです。センサーライト。これが

 猫のセンサーライト

 こうなる。目の部分だけライトです。おなかにあるのはセンサーです。

 猫のセンサーライト

 センサーライトを使ったことのある人はわかると思いますが、センサーライトの命はセンサーの感度ですね。正直このトラ猫を買うときは少々悩みましたよ。
 なにしろこの見た目なので「大丈夫かな」と思ったのです。ところが、このトラ猫、いままで使ってきたセンサーライトの中で、センサーが最も優秀! 光る目の明るさも申し分ない。

 これは人様にもオススメできる出来のよいセンサーライトです。猫型であることが問題でなければですけどね(笑)

 ドラえもんを描いたアニメーターならわかるかもしれないですが、このトラ猫を見て、体型からなにか思いつきませんか。わたしはアニメのドラえもんにかなり近いと思う。頭と体の比率や足の長さが、ドラちゃんにかなり近いです。おなかのポケットのかわりにセンサーが付いている感じ。

 カワイイ比率とかシルエットってありますから、ドラちゃんを見て思いついた商品のような気がしますね(^^) だとしても、頭の形も違いますし、何の問題もありませんが。
 よいセンサーライトであることは間違いないです。



 もうひとつの白猫はこれです。
 猫のコーナークッション


 これは一見しただけではなんだかわからないと思いますが、シリコン製のコーナークッションです。使い方はこんな感じで、角にカプッと食いつくタイプです。

 猫のコーナークッション

 うちにある作り付けの吊り戸棚が、ドアのすぐそばにあるのですが、これがちょうど高さといい向きといい、殺人的に危険なんですね。いつかきっと頭をぶつけて脳挫傷で死ぬと思うくらい。

 この製品は猫型であるだけで、通常のコーナークッションと素材も性能も何ら変わりません。猫といえども役目は充分果たします。
 なんの問題もない製品です。

 「レイちゃんの猫グッズ」サイトににものせておきました。

 猫グッズ、売れているんだそうですね。もちろん犬グッズやパンダグッズも売れているんでしょう。