2014年8月30日土曜日

原画のカット数をたくさん上げる方法

原画のカット数をたくさん上げる方法


 なるべくカット数をたくさん上げたい、というのは、多くの原画が望むことだと思う。通常、テレビシリーズの原画を描いているアニメーターにとっては
   単価×カット数=収入

 でしかないからだ。
 実家暮らしで衣食住が保証されており、のんびり趣味の範囲で月10カットしか描かない人と、おなじ話数を担当したこともあるが、このように特殊な例はすべて除いて話を進める。

 また劇場用作品も、カットによる難易度の幅が極端にあり、「ヤマト発進!」カットなど担当した日には、月産1、2カットだと思われ、「カット数をたくさん上げる」という話になりようがないため、ごく一般的なテレビシリーズの原画で、カット数を上げるためのknow-howを述べようと思う。

「妄想代理人」についても、あれはまったく一般的ではない、非常に高水準の作画を要求したテレビシリーズだから、こういう時は忘れておかないといけない。


 では、そもそも現在、何カット上げたら充分一人前の原画といえるのか。わたしは1ヶ月60カットにラインを引きたい。
 他の条件についてはあとで検証していくが、とりあえず労働時間だけを考えて、1日に2ないし3カットを上げ、各週休2日、1ヶ月に24日働くと、月産60カットになる。
 60カット×4,000円=24万円 となり、なんとか東京で暮らしていける月収だ。


 だいぶ以前なら、原画は月産100カットを超えたら、そこそこの原画と見なされた。1本のカット数が今より多くて340。場合によっては400カット近いこともあったため、シリーズのローテーションに入っている各班は、4人で1本の原画を描くと、まあ普通。3人で描ければ速くて優秀な班という感じだった。
 現状のようにメチャメチャなスケジュールではなかったし、原画の絵も比較的ラフだったから、多くのカット数を描くのは以前の方がずっと楽だった。いまの月産60カットは、昔の120カット程度に相当すると思う。

 たくさんのカット数を上げるには、技術だけではなく、各種の条件が整わなければ無理だ。その条件とは以下の通り。

1)速く描きたいと本気で思っていること。
「速く描こうと思わなければ速く描けない」、というのは、著名なアニメーターにして監督である方が書いていた言葉だ。おっしゃるとおりであろう。
 これは絶対的な基本条件で、ここを曖昧にしていたら、速く原画を上げることは永遠に無理。

2)1作品1話数内で、できるだけたくさんのカットを持つこと。
 少なくともラフレイアウトやラフ原作業時においては、キャラ設定を見ないですむよう、キャラクターを覚えていないと速く描くことはできない。だから複数作品を同時に担当するより、ひとつの作品に力を集中させたほうが効率がよい。(現状はあとで述べる)
 いちいち設定を見なければ描けないのでは、設定を探すだけで馬鹿にならない時間がかかる。設定、分厚いんですもの(^^;) つまり速く描くということは、突き詰めればいかに無駄を省き、効率を上げるかにつきるわけだ。身も蓋もないが。

「おまえの話はいつもそうだな」、とか言わないよーに。本人だってわかってはいる。

 フリーの原画はとくに、効率よくカット数を稼ぐ方法を、自分の頭を使って本気で考えたほうがよい。
 最初にそれをしない限り、いつまでも量は上げられない。

3)カット①から順番に原画を描いていくこと。
 手持ちがC-120~180であれば、C-120から始め、121、122と順番にやっつけていくということ。量を上げたいなら、カット内容の好き嫌いをいっている場合じゃないのですよ。
 量をたくさん上げている何人かに聞いてみたのだが、全員「C-1から順にやる」といっていた。仕事の速さに何か秘密があるとすれば、これは速い人の秘密のひとつだ。カット数をたくさん持っていると、カット内容で今日の仕事を選んでいる余裕などない。そんな暇があれば、つかんだカットを順に描いていった方が早く上がる。
 もちろん、おなじ喫茶店のカットが飛び飛びにあるときは、喫茶店のカットだけまとめて描くほうが効率的だ。無理矢理カット順に描くという意味ではない。わかっているとは思うけど。

4)ミスをしないこと。リテイクを減らす。
 打ち合わせで言われてことがちゃんと出来ているか、原画やシートにミスはないか、最後にしっかり確認して出す。
 量をこなすには、1日にたくさんのカットを描く必要がある。だからリテイク作業で時間を取られている余裕などありませんのことよ。ミスを減らすためにも、速く上げるためにも、カット順に描いていくというのは非常に有効な手段なんだ。
 重要だと思っている人は少ないようだけれど、速く、たくさん、上げたかったら、①から順に描くという習慣をつけるといいと思う。
 カットを楽なところから描いていく人を見ていると、あとで前後のカットとよく繋げられるものだなぁと思う。かなり記憶力がよく、前後のカットつなぎを入念に計算した上で、抜き出したその1カットを描き、かつまたきちんとメモをとっておかないと無理でしょう。
 そんな手間をかけるくらいなら①から順番に描いた方が速いと思わない?
 
 本当のことを言ってしまえば、楽なカットから描く原画さんは、つなぎなど気にしない人がほとんどで、上記のような手間をかけるキッチリしたタイプは希にしかいない。
 だから、作監するとふつーに前後のカットがつながっていないことがわかる。

5)1日のノルマはなんとしても上げること。
 1日5カット上げないとアップに間に合わないとすれば、午前中に少なくとも1カットは上がっていないとむずかしいよね。そういう計算をしながらカットを上げていかないとたくさん描くのは無理。
 計算とか効率とか、まるで仕事みたいな言葉が並ぶと思うかもしれないけれど、原画はアニメーション制作工程における一部門にすぎない仕事ですから(笑) ある程度、効率優先になるのは当然なのよん。

6)アップ日を守ること。絶対に!
 効率を上げる方法を総動員し、その日のノルマはその日のうちに終わらせる。1日5カットのノルマなのに、今日3カットしかできなかったら、翌日のノルマは7カットになる。そういう考え方をしてちょうだいな。1日5カット上げるのが限界で、それなのに今日は3カットしか上げられなかった人に、翌日の7カットを上げられるわけがない。
 つまりアップ日に間に合わない。

 それでは多くのカットをこなすことは永遠に無理なことなのよね。
 アップ日を守るために、自分で決めたノルマを守る。多少、きょうの睡眠時間を削ってでも守る。

7)毎日、コンスタントにカットを上げること。
 これ、1番むずかしいことね。しかも地味そうで、おもしろくもないしカッコよさそうでもない。でも本当に一流のアニメーターたちは、コツコツと毎日コンスタントにカットを上げてくる。
 メチャメチャ速くて上手いと思われているアニメーターたちは、じつはみんなそうなのよ。たんに必要時間きっちり机に向かい、手を動かしているだけ。結果として、それが高水準の原画を大量に上げることにつながっているわけ。
「原画の質を維持して、量もこなそうと思ったら、毎日コンスタントに描くしかない」と、上手い人は口をそろえて言いますね。

 皆さんのまわりにもいると思うけれど「最後の1日で18カット上げたよ」などと自慢するアニメーターっていますよね。制作さんも、そういうのがカッコよく見えるようで「すごい人だ」なんて作監に報告したりする。
 でもわたしはそんな原画と制作にたずねたい。「その原画の質はよいものですか?」とね。
「おなじ人が1日6カットずつ描いてくれたら、もっとよい原画が描けたはずですよね?」ともね。


 東映アニメーションには、シリーズの原画1本分300カットと作監を、ひとりでこなすアニメーターがおいでになる。みんな知っているよね。しかも彼はそれを、もうっずっと続けているんだよね。このカット数は、絵描きの物理的限界量だとわたしは思う。
 しかも今どきラフな原画など通用しないから、わたしから見て「色トレ多くてたいへんそう」と思う作品を、きちんとした絵でひとりで1本描いている。休日もあるし、レイアウト期間もあるので、原画期間に入ったら、毎日十数カットのノルマになる。
「きょうは気分が乗らない」とか「きょうはやる気が出ない」「いまちょっとスランプで」などと悠長なことを言っていられる量ではない。
 ここまでくると、本当に上手い人でなければ描ききれないカット数だと思う。
 それをこなす彼は、毎日、朝7時から作画室に入っていますよ。

「特殊な例は持ち出さないんじゃなかったか? 結局、いい話がひとつもないじゃねーか」とつぶやいたあなた。あなた、本当にカット数をもっと出来るようになりたいと思ってる? 思っているなら、わたしがみんなに内緒で、いいこと教えてあげましょー。

 劇的にカット数を上げられるようになる方法が、じつはたったひとつだけあるざんす。
 授業料は、虎屋の水ようかんでいいわ。
 知りたい?

 いい加減にしないと水ようかんの空き缶が飛んできそうだから言うけれど、それは

「いままでの自分の限界を劇的に超えたカット数を請け負うことだ!」

 他に方法はない。
 平たくいうと、限界を超えたところへ自分を追い込め! ということね。

 わかりやすい例があるので引き合いにだす。
 神村がフリーになったとき、まさにそういう状況に追い込まれた。

 次の仕事も決まっていないのに、考えの足りなかった神村は社員アニメーターを辞めてフリーになってしまった。なってから気づいたが、社内のアニメーターというのは、社内作監が原画を見ているので、わたしは他社の誰にも存在を知られていなかった。
 仮に知られていても仕事を頼まれたかどうかはアヤシイが、「あー、このままだと仕事ないなあ」ということはわかったので、どうしたものかと困っていた。

 そのとき東京ムービーの制作部から電話が来た。神村というアニメーターの存在は、ムービーの制作さんしか知らないから当然と言えば、当然それしかないわけだ。
「作監に、女性原画を集めてくれって言われたんだ」 制作さんはそう言った。上手い女性原画は、名の知られた数人だけと思われていた当時、あえて女性原画を主力に作品を作ろうとした作監とは、どのような思考の持ち主なのであろうか。と、わたしは不思議に思ったことを覚えている。

 要するにムービーで決まった次のテレビシリーズが、少女マンガだったというわけだ。そこで作監は、この作品は女性原画が描いたほうが感じがよいのではないかと考えたらしい。じつに斬新な発想だった。
 わたしであれば、女性原画だの男性原画だのいうより、個人の技量を考えたほうがよいのではないかと思ったはずだが、おかげで仕事にありつけた(^_^)v

 しかしその時、制作さんの出してきた条件が、「ひとりで月に半パート」だった。社員のときは4人で1本だったから、わたしは月産100カット前後の経験しかない。当時の半パートは170カットくらいあったから、まったく未知の領域だ。
 けれど仕事はこれしかないし、フリーってそういうものなんだと、原画を半パートくらいひとりで描けないと、フリーとしてやっていくことは出来ないということなんだろうとわたしは思ったんだよね。制作さんに当然のように言われたものだから。
 本当はそんなこともなかったんだけれど(笑)


 ひとりで月に170カットの原画を上げるには、レイアウト(※レイアウト一原ではない)を1日あたり30カット前後、原画に入ったら1日あたり7~8カットずつ上げていかなければアップ日に間に合わない。そういう計算が出来上がったが、経験のない量なので、どのような時間配分をすればノルマが上がるのかわからない。
 そのため、最初はとにかくすべての時間を原画につぎ込んでみようと思った。眠くて集中力の糸がプツン、と切れるまで原画を描いた。
 もともと会社を辞めた理由のひとつが、「好きなだけ仕事をしたい」ということであったから、この望みはすぐにかなうことになった、というか、なってしまった。

 そうしたら、出来たんですよ、月にひとりで半パートの原画が。

 原画を育てるとき、毎月少しずつカット数を増やしていくのではなく、3ヶ月後、6ヶ月後などに、受け持ちカット数を1.5倍なり、2倍なりにいきなり増やすという方法がある。これは意識を切り替え、とにかく速く描けるようにするために有効だ。
 数カットずつ量を増やしていくのは、話数のカット内容によっては先月より今月の方が楽だったということが起こり、あまり意味がない。

 結論として、
「量を上げるには、どこかで一気にカット数を増やすしかない」のです。

 そしてそれが最も効果的。よさそうな時期に、機会があれば、自分の目標とするカット数の原画を受けてしまうといい。

 神村の場合、フリーになって最初の仕事が半パートの原画だったため、その後ずっと原画の半パート受けが基本になった。原画を半パート描き、残りの半パートを作監し、その合間に番宣や、キャラを描くのがわたしにとっては限界の仕事量だと思う。


 しかし、作品が変わっても、カット数にはあまり変化がないのはおもしろいね。シンエイ動画で「ドラえもん」や「あたしンち」を担当していた時も、量はおなじだった。これらは30分2本構成だから、半パートは原画1本分ということになる。


あたしンち  ドラえもん


「あたしンち」は作監込みで1本だった。この作品は、色鉛筆は軟質赤だけあればいいという、アニメーターにとってはたいへんありがたいものだったが、すごく速く描けるかというとそうでもなく、1ヶ月を3週間に縮めるのがやっとだった。
 いまの原画は、ていねいに清書し、キャラもかなり合わせないといけないためだと思う。


 くだんの、ひとりで作監+原画を1本のアニメーターみたいな量は、わたしには絶対にできない。人間業とは思えない。
 以前、その彼に「どうしてそんなすごい量をしてみようと思ったの?」と、聞いてみたことがある。
「ん~~~、ひとりで1本やってみないかと言われたことがあって、やってみようかなと思い、なんとなく」
 という答えだった。なんとなく出来る量ではないから、それ以前から高水準で大量のカット数を上げていたのだと思う。ひとりで1本の原画を描くには、少なくとも絵ではまったく困らない圧倒的な画力が必要だ。
 下書きを描いたり消したりしていてはまにあわない。根本のところで、すごい才能を持っているアニメーターでなければ不可能なことだ。

 だから多くのアニメーターの皆さんは、ひとりで月に300カットの原画を上げるアニメーターの存在は、見なかったことにしてよいと思う。


 とはいえ、カット数はあるときから意識して急激に増やさないと、少ないままの仕事量で、手を動かす速さや集中力の持ち方などが固定されてしまう恐れがある。20歳代の後半までには、自分の最大量と最高速を達成しておいてほしい。
 20歳代なら、速さを取ったために多少ミスをしても許してもらえるから。そして20歳代なら、体力任せで馬車馬のように働くことができるから。

 30歳代前半までで、いま月産40カットの原画さんには、月産を60カットにする潜在能力は必ずあると思う。機会があれば、是非挑戦し、最大カット数を維持していってほしい。

 自分の将来のためにがんばってみてね。そのうちもっとよい条件で仕事できる業界になるかもしれないから、そのときまで生き残っていてね。


 次回は「原画がカット数を上げられない業界構造的な要因とは」について考えようと思う。間に猫かなにかが入るかもしれませんけど(^^)





2014年8月24日日曜日

なぜフリーになったのか

神村は、なぜフリーになったのか

 元はといえば、わたしは東京ムービー(現トムス)の社員アニメーターとして原画を描いていた。最初からフリーだったわけではもちろんない。

 2年くらい社内で原画を描いて、そこで会社を辞めてフリーになった。
 それ以後は社員になったことはないから、わたしはアニメーターとしてのキャリアのほとんどすべてをフリーとして過ごしてきたことになる。

 先に、「フリーの条件」で、一人前になるまではフリーにはならないほうがよい、とわたしは書いているので、
「言っていることとやっていることが違うだろう!」
                            (ノ`ー´)ノ・・・~~┻━┻

 と、指摘されるかもしれない。しかし、外から見える形としては言動不一致のようだが、東京ムービーを辞めたことにはいくつかの正当な理由があり、それは先に述べた意見と相反するわけではないのだよ。(←エラソー)

 東京ムービーで原画を描いていた頃のわたしは、下記のようにかなり脳天気に仕事を楽しんでいた。



                         


 余談だが、このとき東京ムービー作画部には作監と原画しかいなかった。少し前に、会社が極力社内に現場を置かない方針を打ち出し、動画は海外出しでよい、社内に動画はいらないと決断したためだった。


 社内の作画は4名で月1本の原画を上げることがノルマだった。当時はそれくらいが普通。
 社員原画で給料制だから、会社の採算的には、作画部は確実に赤字だったのではなかろうか。社員だと厚生年金や社会保険料、賞与、残業代など、会社のコストはかなり多いですからね。

 一般の会社であれば、給料が上がれば仕事の負担も増えていく。しかし東京ムービー作画部のアニメーターたちに、そういう感覚はなかったようだ。一班4名の原画には、マンガに出てくる班のチーフ(社内作監)や、わたしのような駆け出し原画も含まれる。年功序列の給与規定なのでベテラン原画は当然給料が多い。わたしは1番下っ端だったので給料は1番少ない。
 けれど、1本のカット数を4名で均等に分けていた。チーフは他3名の原画を直したり教えたりしてくれるので、別に手当をつけてもよいくらい(ついていたのかもしれない)だが、ベテランの原画はどうなのか。駆け出しのわたしとおなじカット数ではおかしくないか。と、論理的には考えてよいはずだ。
  だが、誰も特に問題にはしていなかった。作画部の空気かもしれないし、会社の管理が甘かっただけかもしれない。

 わたしは作画部で1番安い給料ながら、毎回1番たいへんなシーンを担当し、1番多くのカット数を上げていた。とはいえ、駆け出しだったので「人より多くの量を上げれば、それだけ多くの経験を積むことが出来、その分確実に人より上手くなる」という、大塚康生さんの動画や若い原画への教えを信じて実践していたにすぎない。
 だからわたしも、カット数の均等割というシステムに文句はなかった。


 これも多少余談なのだが、わたしの給料は、じっさいにはわたしが思っているより少なかった。意味わからないでしょう。時代を象徴する事実なので、そしてこの事実を体験したアニメーターは、わたし以外には東映長編時代の女性アニメーターくらいしかいなかったであろうと思われるため、記録を兼ねて書いておく。

 当時の作画室で女性はわたしだけだった。ある日たまたま、作画室の物置でわたしは東京ムービーの社員規定を手に入れた。別に秘密文書ではないので、当初は各部に置いてあったものが忘れ去られていただけだと思う。

 社員規定を読み、わたしは初めて当時の社会が当然のごとく、女性を男性より劣る労働力と位置づけていることを知った。アニメーターという技術職でさえも!
 当時東京ムービーでは、男性の定年は60歳、なのに女性の定年は55歳。そしておなじ職種でも初任給から定期昇給まで、男性より女性のほうが低かった。
 今なら笑っちゃうよね。

 最初は出来高契約で東京ムービーへ入り、動画単価に男女差があろうはずもなく、それなのに社員になったとたん、女性だというだけでわたしは自分でも意識しないまま差別されていたんだと知った。
 作画室の誰よりも長時間働き、誰よりも多くのカット数を上げているわたしが、年功序列だけではなく、こんなところでまでも不条理としか思えない差別を受けていたなんて、わたしは何も知らなかったのよ。
 同一労働、同一賃金の原則から、この社員規定はいまでは違法。

 他に自分で知っていた給与差別もある。
 労働基準法(あ、思いっきり簡潔に書くので読み飛ばさないでっ^^)で1週間の労働時間は40時間が上限となっている。それ以外は残業だったり、夜22:00を超えた場合は深夜残業だったり、休日出勤だったりするのね。40時間以上の分は割増賃金になり(説明は省く)、東京ムービーの場合も一般的な割増率だった。
 つまり、給料が、時給1000円相当だと仮定するとね
・残業代は1時間1,250円
・深夜残業代は1時間1,500円

 になるわけ。東京ムービーのアニメーターが定時の18:00からほぼ毎日21:00くらいまで残業したら、給料に残業代が毎月10万円くらい上乗せされる。これは会社にとってはたまらないでしょう。定時のあいだに原画のノルマを上げてほしいと思うはず。
 けれど、なかなか定時内で終わらせることは全員むずかしかったようで、20:00くらいまでの残業は、みんなよくしていたね。1番面倒なシーンを1番たくさん上げていたわたしの場合、技量が追いついていないせいもあり、だいたい最後のひとりになるまで残業していることも多かった。

 ひとけがなくなると、ゴッキーが出張ってくるのが怖かった(笑)


 けれどわたしの残業代は、作画部で1番少なかった。圧倒的に少なかった。なぜなのか。
 基本給が低かったからではない。いまでは考えられないことだけれど、当時、女性の深夜労働は一部の職種(看護師さんなど)を除き禁止されていたんですよ。法律でね。

  (労働時間などに係る女性保護規定について)


 わたしはアニメーターだから、男性は総合職、女性は補助職というような考え方をしていなかった。女性は下手でいいなんていういいわけは、原画として通用しないものね。
 けれどある日、総務部長に呼び出されたわたしは、自分のタイムカードを見せられ、「女性に夜8時以降の残業をさせると違法なため、動労監督局から指導が入る。最悪の場合、社長が呼び出しを食うのでやめてほしい」と頼まれた。

 わたしはわかりましたと了解した。法令は遵守せねばならない。どうにもならないことだった。
「でも」と、わたしはお願いした。
「タイムカードは夜8時になるまでに押します。でも、夜中まで作画室で仕事をすることは見て見ぬふりをしてほしいです」
 総務部長はとても人柄のよい方だったから
「タイムカードを押してしまったら、そのあとの残業代はもらえないよ。それでかまわないの?」と、おっしゃった。
 わたしは大きくうなずいた。
「いいんです。わたしがいま欲しいのは、アニメーターとしての技術です。残業代は問題じゃないんです」
 カッコイイ! (←自画自賛)


 作画室の男性の中には、ほぼ毎日、定時になると姿を消し、近くの自宅でゆっくり夕食をとり、2時間くらいたってからまた作画室に現れ、ちょっと机に向かってからタイムカードを押して帰るというチャッカリ者もいましたのことよ。残業代稼ぎですね。
 みんな気づいていたけど、何も言わなかった。

 だけど、そういったことがいやになって会社を辞めたわけではないのよね。

 むしろ原画としては、班のチーフ(社内作監)や作監(社内総作監)に甘やかされ、好き放題させてもらえたおかげで、いまがあると感謝している。マンガに描いてあるとおりなんだけれど、チーフと作監は、わたしを一人前の原画に育てようとしてくれていた。なんてよい環境なんだ(^^)


 打ち合わせのあとのカット分けで、わたしはいつも自分が挑戦してみたいシーンを自分で勝手に決めていた。時にはチーフが「う!」とたじろぐ、駆け出し原画のわたしにはかなりむずかしいシーンもあった。それでもチーフは一度もまだ無理だとは言わなかった。
 描かせてみて、直してくれた。チーフからも作監からも原画リテイクはあったが、これまた一度も叱責されたことはない。直せばもっとよくなる的におだてて育てるリテイクだった。

「好きに描け」としか言われなかったような気がする。甘やかされとるよなー。

 毎回、描いたことのないシーンに挑戦させてもらえた。「挑戦」という言葉がすでに、わたしが一人前の原画ではなかったことを物語っているのだが。
 毎話数、次々初めて描くシーンを選んだのは、もちろん経験を積み、なんでも描けるアニメーターになりたかったこともあるのだが、心のどこかで、「ここに長くはいないだろう。だから好き放題させてもらえるうちに、出来るだけ多くの経験をしておこう」と、思っていたのも確かだった。
 駆け出し原画の分際で「なんちゅー言い分」と非難されれば、事実だから、甘んじて受ける。

 けれども、外にはそれほどまぶしい世界があったのだもの。

 おなじ作品を担当していたきら星のように輝く、友永さんや丹内さんといったアニメーターの存在に目を奪われずにはいられなかった。
 これが制作会社にいるアニメーターの強みだが、階下の制作部へ行けば、友永さんや丹内さんや、たくさんの上手いアニメーターの原画が見られた。放映後の原画をもらってきて描き方をなぞったり、動きを学んだりできた。

 フリーの演出さんに「ライディーン」のキャラクター設定を見せてもらい、別世界がここにあると思った。
 外には上手いアニメーターが、もっともっとたくさんいる。いつかその人たちといっしょに仕事ができたら。

 わたしも上手くなりたい! そう強く思ってしまったのが、フリーになった最大の要因だと思う。

 チーフと作監には本当によくしてもらったが、わたしはもっと上手くなるために、外に修行に出たほうがよいと思った。そして労働基準法に縛られず、好きなだけ働いてみたかった。

 だからフリーになった時は、目一杯働いたですよ。
 そうせざるを得ない事情もあったのだけれど、それはまた今度。

 一点だけフリーになって困ったことは、フリーになった時点で仕事が決まっていなかったこと(笑) 後先考えなかったということですね。
 皆さんは、こういうバカなまねをしちゃいけません。次の仕事が決まってから会社を辞めよう。
 これ、かなり重要なアドバイス!



 ちなみに、このGoogleブログ、Google Chromeで表示すると、こちらが予定したレイアウト通り表示されますが、Internet Explorerで見るとかなり表示が崩れています。
 Internet Explorerだと、かなり見苦しくなっている部分もある感じ。

2014年8月23日土曜日

モブシーンの描き方

モブシーンの描き方


 ある夜、知り合いのアニメーターから電話が来た。そのとき彼は、面倒な劇場用映画で(劇場用はたいがい面倒だが)原画を担当していた
「神村さん、モブシーンの描き方、教えて下さいよ」
 疲れをにじませた声で彼は言った。
 この彼は自身が劇場用の作監をするくらい優れたアニメーターで、理論に裏打ちされた画力を持っている人だった。わたしにモブシーンの描き方を教わる必要は彼にはない。ただ、いま現在たいへんなモブシーンを描いていて、誰かに電話して話さずにはいられないという状態だった。
 わたしはとても親切なので、彼によいことを教えてあげた。
「ああ、それならね、夜中に小人(ルビ=こびと)さんが描いてくれるのを待つといいよ」
 とね。

 いま誰か「人非人・・・」とかつぶやいた?

 しょうがないじゃないよ。モブシーンの描き方なんかないんだから。アニメーターにとってモブシーンは、描くか、描かないか、この二択しかない。

「それしかないですかねえ」
 彼はそう答え、小さくため息をついた。そして続けた。
「でも、神村さんってモブシーン得意ですよね。せめてなにかアドバイスください」
「モブシーンが得意なアニメーターなどいない」
「みんな鎧を着ていてしんどいんですよ」
「それはさぞしんどかろうね」
「神村さんって、モブシーン描くの好きですよね」
 アホかー!! という言葉をわたしは飲み込んだ。
「どこでそのようなガセネタを。モブシーンが好きなアニメーターなど、古今東西ただのひとりたりとも存在しない。賭けてもいい」
「だけど、好きでなきゃあんなに描かないでしょ」
「ちょっと待ってね。なんかものすごく勘違いしていないかな。わたしはモブシーンなんか、キ、ラ、イ、なの! 神村さんはモブシーンが好きだから、とか、よそで絶対に話さないでね。モブシーンしか回ってこなくなったら、ほんとに困るからね」
「え~~~。・・・じゃあ、黙って描くしかないんですかね~?」
「ないね」
 即答したものの、これだけではあまりに気の毒だと思ったので、わたしは言葉を追加した。なにしろとても親切なので。
「ひとつ、いいことを教えてあげる。モブシーンを描くときにはおまじないの言葉があってね」
「どんな?!」
「描けば終わる。いつか終わる。・・・とつぶやきながら描くのですよ」
「・・・・・」
「描かなきゃいつまでたっても終わらないのよ、モブシーンなんかね。でも、とにかく描けば終わる。どんな仕事もいつかは終わる。終わらない仕事はないのです」

 そう励ましたが、彼にとっては励ましになり得たのかどうか知らない。とはいえ映画は完成していたから、彼はモブシーンを描き切ったのだろうと思う。お疲れさん!


 アニメーターにとってモブシーンはつらい。手描きアニメーションにもっとも向いていないシーンのひとつが「モブシーン」だと思う。
 キャラクター制を採るディズニー映画ですらも、息を飲む見事なモブシーンを見せてくれたのは、「ライオンキング」や「ムーラン」のようにCGを導入してからのことだ。


                             画面後方の騎馬軍団がモブシーン(ムーランの1シーン)




 神村はモブシーンが好き、などとよそで言わないよう彼に釘を刺したのは、以前じっさいに勘違いした制作さんがいたからだ。
 絵コンテを持ってきてくれたその制作さんが「神村さんの担当はここからここまでのカットです」と告げたあと「あ、でも神村さんってモブシーンが好きなんですよね? もし後半のモブシーンのほうがよかったら、そっちに変えてもらいましょうか?」と、心からの厚意で、わたしの背中に氷のかけらを投げ込んだことがあったのだ。

 アホかー! とこの時も思ったが、なにしろ相手は本物の厚意で言っているのが明らかだったため、それを口にはしなかった。
「モブシーンはすでに一生分描いたと思うから、もう描きたくない」
 代わりにわたしはそう言った。「なるほど、そういうもんですか」と制作の彼は納得したようだった。


 わたしはほんとうに、モブシーンは金輪際描きたくないと思っていたんだ。


 その前年夏に、日曜祝祭日および夏季休暇のいちにちもなく、モブシーンを描き続けたことがあったから。平均すると1日当たり16時間くらい机に向かっていたと思う。
 そのくらいしなければモブシーンの原画など上がらないのですよ。

 このときの劇場用作品で、わたしが大量のモブシーンを振られたのには理由がある。通常、上手いアニメーターには主人公がらみの重要なシーンが回される。
 劇場用作品においてはすべてのカットが高い完成度を要求されるから、モブシーンがどうでもよいカットだとはいわないが、作品における重要度はあきらかに低いといわざるをえない。
 つまり、わたしは期待されていなかった。どうせ下手だろうから、とりあえず戦場のモブシーンでも振っておけという判断だったと思われる。
 初めての会社で、初めての監督と演出、プロデューサーだったから。

 でなければ劇場用においては、アニメーターにとってただつらいだけのモブシーンしか与えないということはしない。いくらなんでもアニメーターが音を上げて逃げてしまう。しかし、どうせ使えない原画であれば逃げられてもかまわない。
 あとでまき直しでもするつもりで、モブシーンをわたしに振ったのだろうと思う。

 フリーのアニメーターが最初の会社で仕事をするときに、往々にして起こることが起きたにすぎない。だからわたしも、そのこと自体は気にしなかった。
 モブシーンの原画を描くのは誰だってイヤだ。けれど、いずれにせよ誰かがこれをやらねばならぬ。

https://www.youtube.com/watch?v=oCeQKYOtzDw&feature=youtube_gdata
    (2番の歌詞を聴きながら読んで下さい)


 だから、たまたまわたしが描くことになっただけのことだ。そう思った。そう思わなければしんどい(笑)
 そして描くからには「よく描いたなあ」と監督やプロデューサーに思わせたい。
 そう思ってもらえなければ、フリーアニメーターに次の仕事はない。少なくともこれよりよい仕事は来ないだろう。


 問題は劇場用作品のモブシーンが、たいへんにしんどいことだ。技術的な水準でいえば主人公がらみのシーンのほうが、演技や動きを突き詰めなければならない分むずかしい。モブシーンのしんどさとは、異常に時間を必要とすることにつきる。
 描いても描いてもその1カットが終わらない。それが50カット程度あったんだ。

 24時間、机に向かい原画枚数3枚しか描けないカットがあった。画面に300人いて、全員動いていたんだもの。1枚に8時間かかっているわけだから、動画さんも中割にそのくらいはかかったかもしれないね。
 モブシーンの動画は固定給の動画さんでないと、描かせるべきでないとわたしは思う。出来高ではあまりにも気の毒。


 テレビシリーズでもそうなんだけれど、とはいえ基本的にテレビシリーズではモブシーンは避けることになっており、あってもあまりしんどいことにならないよう工夫がされているからまだいいのだが、モブシーンの原画にはある特有の原則がある。


【画面内の全員が動いているモブシーンの原画は、作画監督が修正できない】


 ということだ。これはじっさいに作監してみないとわかりづらい話かもしれない。作監にとってモブシーンとは、

1)そのまま使うか
2)描き直すか

 の二択であり、その中間が存在しない。
 数十人が動いているカットで、その中の一人を修正したら、影響される周囲のキャラクターも直していかざるを得なくなり、すべて描き直したほうが早かったという結果に終わる可能性がある。カットの出来もよいものにはなり得ない。

 特に、モブシーンにおいても一定の水準を保ちたい劇場用では、使えないと思った原画は、即座にまき直しをしたほうがスケジュールに与える被害が少ない。

 モブシーンで、どのような原画が使えない原画なのかというとこれはしごく明解で、技術自体はそこそこあるというのが前提だが、原画さんが「たいへんだから、なんとか楽をしよう」と思って描いた原画はまず使い物にならない。
 必ず多くの箇所で動きが破綻しているし、絵もかなり雑なので、動画さんが線を拾えない。いるはずの人が消えたり入れ替わったりしており、動画不能になっていることが多い。
 作監修正でどうにか出来るものではない。


 神村としては、若い原画のみなさんに、モブシーンを必要以上につらく思わないで描く方法をいくつかアドバイスできると思う。

1)モブシーンを振られたら、その時点でいさぎよくあきらめる。
 「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」的なレベルのあきらめが必要です。

2)決して楽をする方法を考えてはいけない。
 「楽をする方法は絶対にない」ため、考えるだけ時間の無駄であるとともに、そう思った瞬間によけいにつらくなってしまう。これは精神的に無意味な上に非合理的だ。適当な描き方をすると、自分でも次がわからなくなるため、ただ黙々と実直に描いていこう。

3)集中して長時間机に向かう。
 「モブシーンは時間勝負」だ。時間勝負でしかないといってもいい。とはいえ、いくら時間をかけても、気楽に描いていては絶対に終わらない。集中力が途切れるとモブシーンは描けなくなるため、歯を食いしばって耐えよう。


「アドバイスになってねー」と思ったかもしれないが、以上がモブシーンから可能な限り早く解放されるベストな方法だ。
 きちんと描いちゃったほうが、結果として絶対に早いからね。
 覚えといてね(^^)






2014年8月16日土曜日

猫グッズ サイト リニューアル(=^・^=)

 まあ、読む人もあんまりいないと思うのだが、自己満足しているので書いておこう。

 「レイちゃんの猫グッズ」  http://www7b.biglobe.ne.jp/~nekogoods/index.html
リニューアル・オープンなのニャ!

 猫グッズ探しになれてきた。そうするといままでその存在を知らなかった「非常に役に立ちそうもない猫グッズ」などが見つかり、だんだんおもしろくなってきた。

 わたし個人として最近買った猫グッズはマグカップだ。


 やはり猫グッズは「マンハッタナーズ」最高\(^ ^)/
この絵描きさんは、マンハッタン在住の久本貴史さんとおっしゃる日本人だ。たいへん絵が上手い。日本人の描く猫はやっぱりイイなあ。

 わたしとて絵描きの端くれであるから、自分より上手い絵でなければ絶対に身近に置くことはしない。自分で描いたほうがマシ程度の絵では、手元にあっても癒やされない。そんなものを買ってもしようがないでしょ。

「マンハッタナーズ」は基本的に大人向けの商品展開ですね。お財布やバッグなどは材質と作りがよいためもあって、安くないです。でも、それだけの価値はあります。


 最近見つけたしょーもない(この、しょーもない、にはそれなりに暖かい気持ちが入っている)猫グッズはこれだ。
ニャン手 メガネ拭き

 
 ニャン手、肉球付き(肉球付きは猫グッズのお約束)
一見すると指人形のようだ。が・・・


 どこがなぜしょーもないかというと、これの用途が


 メガネ拭きだっていうこと。いや、絶対、普通にメガネクロスで拭いたほうが早いでしょ。それに拭きやすいでしょ。
 このニャン手で眼鏡を拭くには、机の引き出しからニャン手を取り出し、まず指にはめなければならない。いくら猫が好きでもそこまでするか?

 という話を人にしたら、わたしがマンハッタナーズ製品を探して買っているのもおなじレベルだと言われた。

 そ~かな~~~(^^;)


 ちなみにこのブログ、「アニメーターのギャラに消費税をつけてほしい」というような話だと閲覧数は2万を超える。でも猫グッズ話だと二桁ちがう(笑)




2014年8月4日月曜日

フリーの条件

フリーの条件

 正確に言うならば

「フリーの原画アニメーターになってもよいと考えられる、絶対必要条件とはなにか」

 ということだ。今回はこの命題について考えてみよう。

 基本的に作画とは、映像産業の多種多様な製造ラインの1部門であるから、アニメーターは制作会社や作画プロダクションに採用されることで、そのキャリア構築のスタートラインに立たせてもらえる。
(※基本論なので、極端に特殊な例は除外して考えてもらいたい)

 短編アート・アニメーションと違い、商業アニメーションはアニメーターが一人で作品を作ることはできず、それぞれのセクションの専門家がよってたかって映像のクオリティを上げていくことで成り立っている。
 したがって新人アニメーターは、その製造ラインに組み込まれることによってのみ、アニメーターという仕事を始めることができ、商業アニメーションに必要な共通言語や基本認識を学ぶことができる。

「フリー」というのは固定の制作会社や作画プロダクションに所属せず、作品ごとに制作会社間を移動する専門家のことで、アニメーション業界には
 監督、演出、原画、動検、動画、仕上げ、背景、美術
等の職種が、過去からフリーとして存在した。以前は撮影台を必要としたため、決してフリーとして存在し得なかったのが撮影職種だが、いまはPC作業なので可能かもしれない。 ………が、フリーの撮影は必要とされていないようにも思う。このあたりはあとで撮影監督さんに聞いてみよう、うん。

 さて、なぜ「フリーの条件」について語るかといえば、いま原画職におけるフリーの割合が多すぎるのではないかと思うからだ。そのため、過去のフリー原画なら当然であった条件が、現状ではまったく通用しない。

【フリーとは、どこへいっても確実に通用するだけのすぐれた実力があり、
                                        各社から指名で仕事がくるアニメーター】

 というのが過去の「フリーの定義」であった。わたしが駆け出しだった頃のフリーアニメーターは、誰もがその名を知っており、圧倒的な実力をお持ちの方々だった。したがってフリーになれるのは、選ばれたごく一部のアニメーターに限られ、その存在は一般のアニメーターにはまぶしかった。

「フリーはアニメーターの花」といわれた所以であったろう。これは高名なアニメーターの言葉だ。

 また、非常に上手いこれも高名なアニメーターから「はじめての会社に行ったときは、俺より上手いやつがいたら出してみろ、って言うんだ。いるはずないからさ」と、聞いた。
 売らなくていいケンカを端(ルビ=はな)から売っているような気がしないでもないが、当時フリーのアニメーターであるということは、それくらいの気概が必要だったのだろうと思う。

 余談だが、わたしは当時東京ムービー(現トムス)に雇われており、アニメーターにとっては神様的存在の大塚康生さんとおなじ会社にいたわけだ(^_^)v こんなことで威張ってどうする(笑)
 駆け出しのわたしと大塚康生さんの実力には当然のことながら、地球から1番遠いULAS J1120+0641クエーサー、288.5億光年くらいの開きがあり、差が途方もなさ過ぎて認識不能状態だった。
 だからわたしは、分け隔てなくヘッポコ駆け出しアニメーターにも親切にして下さる大塚康生さんを非常に敬愛はしていたが、あんまり恐れてはいなかった。差がありすぎるとこんなもんです。
 そんなある日、かの「俺より上手いやつがいたら…」アニメーターが、昼休み時間にムービーへやってきた。何をしに来たのかは知らない。
 わたしが目にしたのは、彼が、たまたま外へ出ていた大塚康生さんを見つけ、かつて目にしたこともない緊張した面持ちで大塚さんに最敬礼している姿だった。言葉を交わすときは直立不動であった。
 相手がただ先輩だというだけで畏れいるような彼ではまったくないから、自分の実力は大塚康生さんに及ばないと明確に認識しており、かつ心から尊敬していたのだと思う。
 彼は帰り際に「大塚さんがいるんだから、よく教わるんだぞ」とわたしに言い置いて帰って行った。
 あなた、そんなまじめにアドバイスをくれたこと一度もないじゃん。だいたい、わたしはまだ大塚さんに教われる水準に達していないよ。………とわたしは思ったが、大塚康生さんのすごさは再認識した。
 当時は大塚さんもフリーだったと思われる。東京ムービーが社員で雇用していたら、社内の給与規定から大きくはみ出る金額を払うことはむずかしかったと思うから。社長がとうしてもと口説いて東京ムービーに来てもらった大塚さんだったのだし。

 元々フリーは高額の契約料を払ってもほしいと会社に思わせるだけのアニメーターのみがなれる労働形態であったのだ。


 いまは誰でもフリーになる。なれる。
 社内で1~2年原画をしたら、フリーになるのが当たり前という感覚だと思う。20歳代~30歳代前半のフリーアニメーターに、フリーでいることの利点やフリーになった理由を聞いてみた。以下に箇条書きする。


・作画プロに所属していると経費を20%も引かれてバカバカしい。損だと思った。

・毎日会社へ通いたくない。自分の好きなときに仕事をしたかった。

・会社にいると、仕事を自由に選べない。しかも会社のつごうで突然ほかの仕事を手伝わされたり、やったこともない作品なのに、間に合わないからと原画のラッシュリテイクを今日中に上げてと言われたりする。便利屋みたいに使われるのはいやだ。

・フリーじゃないと下手だと思われる。早くフリーになったほうがかっこいい。

 このへんが代表的な意見かな。
  では、以下ひとつずつ検証してみよう。



●・作画プロに所属していると経費を20%も引かれてバカバカしい。損だと思った。

 この意見を出してくれた方は、手も速く、原画月産35万円以上は安定して稼いでいたので、20%引かれると毎月7万円になりますね。この人の場合は損だと思う。

 しかし、稼ぎが月15万円くらいまでだと、引かれる経費は3万円程度。場所代(家賃)、電気代、冷暖房代、材料費(鉛筆ほか)等々で作画プロが一人あたりにかけている経費とトントンだと思うので、この金額だと損だとまではいえない感じ。

 そして逆に会社にとって、もっと稼いでくれないと経費も出ないよ、というのが月収10万円以下のアニメーターだ。置いておくだけ赤字なのだが、原画も育てなければならないので、赤字の分は稼ぐアニメーターからの20%で埋め合わせているのが現状だと思う。
 しかし、稼げるようになったアニメーターにとっては確かに損なシステムだから、ある程度会社に新人時代の恩返しをしたら、フリーになってしまうのもやむなしかなあ。もともとの収入が少ないものね。


●・毎日会社へ通いたくない。自分の好きなときに仕事をしたかった。

 この方が言っているのは、おもに時間のことだった。夜中に仕事をしたり、たまには昼過ぎまでゆっくり寝たりしたいとのこと。だからフリーになってからはとても楽だそうだ。

 まあ、皆さんも気持ちはわかるざんしょ? 会社員だと、風邪気味で少し熱があるときでも休むわけにはいかないことってあるものね。自宅で仕事をしていると、風邪がかなりしんどいなぁと思ったら「無理しないでちょっと横になる」ということがすぐできるのは、とってもありがたいとわたしも思ったことがある。


●・会社にいると、仕事を自由に選べない。しかも会社のつごうで突然ほかの仕事を手伝わされたり、やったこともない作品なのに、間に合わないからと原画のラッシュリテイクを今日中に上げてと言われたりする。便利屋みたいに使われるのはいやだ。

 その通りだね。作画プロだと何作品か入っている中から「これがしたい」と多少のわがままを言う余地はあるかもしれないが、制作会社の作画部にはまったくない。次はこれ、と会社が決めた作品をするしかない。
 また便利屋的に使われるのも社内の定め。たしかにアニメーター的には迷惑な話なんだけれど、制作側に立ってみると「このリテイクを本人にもどしていたら間に合わない。なんのために社内作画があるんだ。ピンチの時に会社を助けてくれないなら、社内作画を置く意味はない」と思うだろうね。
 わたしは制作会社育ちで、常に制作のそばにいたから、制作さんの気持ちを少しはわかるつもり。とはいえ、便利屋的な仕事を振られるとやっぱり「え~~~(^_^;)」って、つい言ってしまうんだけれどね。

 社内は作品を選べないと書いたけれど、それが普通だと思うけれど、そして社内はそれでもしかたがないと思うのだが、作画水準の高い作品で有名なある制作会社では、経験の浅い原画にも作品を選ばせてくれるところがある。それが他社の作品でもわざわざ取ってきてくれる。「自分がしたい作品ならがんばるし、原画の覚えもよいのではないか」という理由だそうだ。
 そして、自社の作画水準が高いので、外から取ってあげた作品も必ず上手い作監がチェックしてOKになってから出すとのこと。
 わたしは、まだあまり上手くない原画は、社内の作監と同じ作品を担当したほうが教わりやすいと思ったので、「独り立ちできていない原画に、そこまで自由にさせなくてもよいのでは?」と聞いた。答えは「好きな作品ができないと、辞めてそっちへ行ってしまう」というものだった。
 なるほど、アニメーターって確かにそういうところがあるよねー。うんうん。


●・フリーじゃないと下手だと思われる。早くフリーになったほうがかっこいい。

 そんなことはないでしょ、あーた。と、即座にわたしは思ったが、20歳代でたいしたキャリアもないのにフリーアニメーターの方って多いから、若者のあいだではそういう意識になっているのかな?
 これは20歳代ギリギリで原画経験6年の方の意見です。

 彼に収入を聞いてみたら月収9万円とのことだった。原画経験6年あるなら月収は9万円じゃダメでしょ。かっこよくないでしょう。

 アニメーターは20歳代に仕事量のピークが来るとわたしは思っている。だいたいそんなものだと賛同してくれる方も多い。つまり20歳代でたくさんカット数をこなす経験をしておかないと、その後にカット数を増やすことはできなくなるということだ。
 30歳代から40歳代はアニメーターにとって働き盛りで、ピークの量を維持しつつ、原画の水準を上げ、緻密さを増していく時期だと思う。このことと、仕事量を増やすことを同時にはできない。
 だから20歳代には仕事量のピークを達成しておくべきなんだ。そうしないと将来アニメーターで食べていくことはむずかしい。
 カット数をたくさんこなすのは、それなりに上手くなければ無理な話だから、自分がフリーでやっていける、どんなカットが来ても試行錯誤したりしながらなんとか完成させられるという自信が持てるまでは、できればフリーにならずに、上手い人のそばにいたほうが自分も上手くなれ、結果として速くなれると思う。

 非常に上手いアニメーターに関しては、ひとりで放っておいても自分で勝手にうまくなるのでどうでもよいが、一般的、というか大多数のアニメーターは技術が未熟なうちにフリーになるのはやめておいたほうがいい。特に自宅でひとりというのはとってもマズイ。才能に恵まれたごく一部の人以外、アニメーターはひとりで上手くなることはまずできないからだ。

 いろいろ理由があって、会社を辞めることもあると思うけれど、たとえ身分はフリーでも、上手いアニメーターがいる制作会社に席を借りるといいと思う。

 だいたいフリーになったって、自由に仕事を選べる人なんかごくわずかでしょ? 多くのフリーアニメーターは「断ると次の仕事が来なくなるような気がする」と心配している。来た仕事をしているだけなら、いいように使われているのと同じだよね。



 結論として、フリーになる絶対条件は

「それなりに上手く、どんなカットが来ても作監が困らない水準の原画を描け、プロとしてはずかしくない収入を得るだけのカット数をこなす手の速さがあること」

 だと思う。


 それができたら苦労しないわ、とか言わないよーに。
 大丈夫、本気でがんばればなんとかなるよ(=^・^=) でも無茶しないで、ちゃんと野菜も食べないとだめよ。