2014年11月18日火曜日

努力しない天才などいない・アニメーター編

努力しない天才などいない・アニメーター編

 さて、アニメーターが才能職であるという話の続きですが、「やっと続きかい!」の上、今さらですが予告タイトルとまったく違います。ですが内容は確実に続きです。


 天才とはどのようなものかというと、まずあげられるのが、アニメーターになった瞬間からプロの絵描きであったり、動きを描けたりするタイプです。

 このタイプは新人なのに圧倒的な技量を持つため、「すごい才能」「天才だ」と言われることが多いのですが、その時点だけで「才能」と決めつけるのは大間違い。
 仮に22歳でアニメーターになり、その時点ですでに先輩アニメーターをはるかにしのぐ画力を持っていた人がいるとする。でもそういう天才はだいたい小学生の頃から大量の絵を描き続けており、中学生くらいでプロ顔負けの緻密なスケッチを量産していたりするんです。(ピカソ参照)

 つまりその人は22歳だけれど、絵描きとしてのキャリアは10年近いと見るべきなんですよね。アニメーターになってからようやく長時間絵を描き始め、それなのに仕事以外では絵の練習をしないままで来た経験5年の原画がいたら、その原画さんはキャリア10年の新人には勝てませんよ。
 3ヶ月もすれば簡単に追い抜かれます。天才を持ち出すまでもなく、そんな例なら山ほどあるもの。

 動きにしても同じこと。わたしを含む多くの一般的なアニメーターが、業界に入ってから、ようやく真剣に動きの観察を始めたと思う。
 でも、長いあいだ動きに興味を持ち、観察を続け、それを絵にしてみて研究してきた新人がまれにいる。そうなると、数年の原画経験があっても、その新人に、動きの本質をつかむという点では、まるで歯が立たないと思うよん。


 アニメーターは絵で動きを描き出す職種なので、天才アニメーターの中には「映像記憶能力」の優れた人も多いです。
「映像記憶能力」を大雑把にいうと、一度見た物をあとで思い出せる能力、という感じかなあ。わたしは画力というものが、ある部分、一定程度、この能力に依存するものであると考えている。
 自分が絵を覚えるときに行った練習の過程を、他のアニメーターや、非常に絵の上手いアニメーターと比較してみて、映像記憶能力は、画力の向上速度に大きな影響を及ぼすと思うに至った。

「3年くらいまえに見たことがあるけど、こんな形だったよ」と、写真資料が得られなかった機械を、記憶をたどりつつ描いてみせた天才アニメーターもいました。出来上がっていく絵を見ながら、「これは話にならないな」とわたしは思ったことがある。しかも頭脳明晰、動きも表現力も天才アニメーターだったし。「わたしとは天と地の能力差だな」という意味ね。
 自分の描いたキャラでも半年で忘れるわたしが、こんな能力を持つアニメーターにどうやって対抗しろというのか、ってことですね。
 無理無理無理、絶対に無理。

 上記のような天才はもともと属する世界が違うので、あえて対抗する必要もないと思うが、他のアニメーターたちを見ていても、わたしより映像記憶能力に優れている人はけっこういると、わたしは最初から知っていた。
 とはいえ、それには明確な対抗策があるので、わたし程度のごく普通の映像記憶能力しか持たないアニメーターのみなさんも、悩む必要は何もないです。なんとかなります。

 天才アニメーターに話を戻します。
 アニメーターはプロの絵描きです。アニメーション業界へ入った新人アニメーターたちがいちばん勘違いしちゃいけないのは、自分が特別だと思うことかな。
 先に書いたように、アニメーターになった時点で、みんな一定の才能はある。でも「みんな」なんですよ。自分だけじゃない。

 プロの世界は、外から見ているとどこも同じですが、アニメーターもプロの絵描き集団だということを認識していたほうがいいです。プロ野球などより、はるかに敷居は低いですけどね。

 だからアニメーターというのは、基本的には、小中高校でクラス一絵が上手だった子、あるいはその上で専門学校なり、大学のアニメーション専攻なりで上位少なくとも30%程度に入っていた人だけが集まってくる職能集団だということを最初から認識しておくべきです。

 プロである以上、クラスで1番の子だけが集まっている場所で、生き残りをかけた戦いをしなければならないということなんです。

 ここに才能の差が横たわり、わたしたちの行く手に立ちふさがるんです。

 ああ、ちなみにアニメーターの才能についてのログは、わたしを含めたふつうの才能しか持ち合わせていない人向けです。経験的に知っていますが、天才には凡人のことはわかりません。また天才がこんなものを読む必要もないですし。

 才能の差を感じたことって、ないでしょうかね、みなさんは。わたしとしては2段階であります。まず天才です。次にわたしより才能はあると思ったアニメーターたちです。
 今回は天才について述べますね。

 うらやましいですね、天才。しかし、どうにも埋められない才能の差がありますから、うらやんでもしかたがない。
 そして天才といわれるアニメーターたちには、わたしが絶対にかなわない共通点がひとつある。

 努力の量(時間)の、圧倒的な差です。

 ここがプロの世界の恐ろしいところですが、1番の子集団の中で「天才」と呼ばれるには努力が不可欠なんですよね。もし天才的な才能を持っていても、努力しなければそんなものはないと同じ。「才能はあると思ったんだけどね」で終わるアニメーターって、いくらでもいますからね。
 だってプロだもの。

 天才といわれる人ほど、努力しちゃうんですよね-。天才に努力されたら、普通のアニメーターでは到底、太刀打ちできないです。努力を努力と思わないほど絵を描くのが好きだったりするのかもしれないけど(あ、いまそういうケースの天才を思い出してくらっときた^^;)

 ある巨匠に言われた言葉で
「僕にはアニメーターにとって一番大切な才能があったと思う」
 というのがあります。
 続きはこうだ。
「僕には努力する才能があった」

 こういう人に対抗はできないね。わたしにとって努力って、つらくてイヤなことだもの。でもその巨匠は、努力が好きなんだもの。なんとなくだけど、巨匠が「努力」を「才能」だというのって、「才能の差」と切り捨てない温情のように思うのよねー。

 わたしみたいに努力が嫌いな人でもね、才能と違って、「努力」はやればできるじゃないですか。同じだけ努力しても、才能の違いで結果に大差が出るのは確かだけれど、それでも努力はできるよね。

 でも巨匠ほどの努力ができないのは、プロ集団においては、わたしの甘えでしかないんだろうなって思います。プロは努力するのが前提で成り立っていますからね。

 だから努力が出来ない以上、人様の才能をうらやんだりしない。才能がある人はいいよね、って言っていいのは学生までで、プロであるからには許されないことだと思うんですよね。

 ともあれ、優れた才能を持って生まれてこなかったくせに、プロの職能集団であるアニメーターになってしまったわけですから、なんとか生き残る方法を、わたしは考えなければならなかったんですよ。

2 件のコメント:

  1. アニメーターを続けるべきか…やめるべきか迷ってます。元々、漫画家になるのが夢で諦められず…28歳でアニメの専門学校には行かず…アニメ会社に…これだけ絵が描けるならと言われて入り…2年間頑張ってきました。動画と原画両方やらせてもらいましたが…動画が分からない事には…原画が描けないと思い…1から動画の仕事しながら勉強しようと思いましたが…動画の仕事がないみたいでいつ入るか分からずで…やめるべきか続けるべきか悩んでます。
    もし、良かったら意見聞きたいのですが良いですか?たまたまブログを見かけたもので…お邪魔してすみません。

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  2.  おはようございます、神村です。

     ご質問の件ですが、28歳という年齢でいらっしゃるので、社会経験もあり、本当はご自分ですでに判断なさっていると思います。
     ですから一般論でお返事しますね。

     新人アニメーターの現状は「どれほど才能に恵まれていようとも、職業として成り立っていない」という立脚点で考えるべきだと思います。つまり、あなたにいま現在も今後の人生でも、お金には困らないだけの経済力があるならば(実家の援助や財産があてに出来るなど)以下のように考えてはいかがでしょうか。

    ・好きなだけ好きなようにアニメーターを続けてみる。
    ・どうしてもやめたくなったらやめる。
    ・やっぱりアニメーターの仕事がしたいと思ったら、業界へ戻ってくる。

     これでなんらの問題もないと思います。いま新人アニメーターに最も必要とされるのは才能でもなんでもなく、経済力ですから。

     仮にあなたが、自分の生活は自分でなんとかしなければならないという立場であるならば、アニメーターはやめたほうがいいと思います。漫画家になりたいなら、アニメーターをする意味はありませんし、どうせお金にならないならストレートに漫画家を目指した方が早いです。

     やめるべきかと悩むときはやめたほうがだいたいの場合、正解です。悩みながら続けるのはつらいでしょう? つらい思いをする必要などないんですよ。
     無理をしなくていいんです。いちばん大切な健康を損ねないようにして下さいね。

     

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