2014年9月16日火曜日

フリーになるのはまだ早い

●フリーになるのはまだ早い

 神村が考えているフリーの条件は以前に述べたとおり。

【フリーとは、どこへいっても確実に通用するだけのすぐれた実力があり、各社から指名で仕事がくるアニメーター】

 これは理想条件で、自分がほとんどキャリアのない頃からフリーであったことを顧みると「すぐれた実力」というあたりが、自分でいっていながら気恥ずかしいわねん。
 フリーになったばかりのときは、作監や監督に度量があったので「なんとか通用した」という水準だったと思う(^^;)   このお二人の先輩に、フリーとして通用する水準まで引き上げていただいたようなものだ。
 作監さんは他社の方で、監督さんはフリーだったが、このお二人にも1年半ていど甘やかされ続け、好き放題させてもらった。わたしは甘やかされると伸びるタイプかもしれん。

 誰か、もっと甘やかしてほしいのココロ~~~(=^・^=)


 さて、自分の至らなさは取りあえず電車の網棚に乗せといてだ、自分がフリーで仕事をしていく上で出会ったフリーアニメーターたちの中で、「この人はフリーになるにはまだ早い」と思った典型的な例をふたつあげてみよう。
 当てはまるかも、という方がいたら参考にしてね。


1)テレビシリーズの作打ちで会った、フリー原画「Aさん」の場合。
 仮に「Aさん」としておく。Aさんとは初対面だった。若くてキャリアは少ないが、態度は堂々としていた。そこはえらいと思う。
 しかし、作打ちを観察していて、ここは演出に質問しないと原画を描けないだろうと思う箇所でも黙っており、作打ちの間ずっと機械的に絵コンテをめくるだけでメモもせず、そもそも作打ちになんらの興味も示していないように見えた。
 だからこのAさんは、「作打ちはなんのためにするのか」ということすら知らない水準の原画かもしれないと考えた。

 Aさんの原画を見たことがなかったので、カット分けは制作さんがおこなった。Aさんには比較的主役が動き回る部分が割り振られた。とはいえ緻密さを要求しない、気楽に動きを描いていける楽しいシーンだった。
 ただ、その中に描くことがすこしむずかしいものが出てきており、作打ちのあとでAさんにたずねてみた。
「これ、むずかしいようでしたら、そこだけこちらで原画を描きましょうか?」
  作監としては、どうせ全修するならそのほうが早い。
「ぜんぜん描けますよ」
 というのがAさんの返事だった。相手に微塵の不安も与えない、かもしれない、明確な断言だった。

 本人が「描ける」というのであるから、「いや、本当は無理でしょう」と言うわけにもいかず、しかたがないので任せることにした。
 しかし、作打ち時の態度を見ているので、なにもわかっていない原画であることは明白だとわたしは思っていた。

 結果としては予想通りで、本当のことを言えば予想を裏切ってほしかったのだが、そうおいしい話はなかなかないわけで、まずレイアウトで全カット全修の上、動きすべてのアタリとシートもつけて返却することになった。
 動きもシートもつけて返したら、原画は清書するだけで済むので、原画上がりはまあまあ速かった。
 
 そうすれば、その原画をそのまま通せると思いますか、みなさん。まったくそんなことはないんざんす(笑) なにしろ動きのイメージがわかっておらず、アタリをただなぞっただけの原画など使えません。
 レイアウト戻しで下書きに近いアタリとタイムシートをつけたのは、作監作業時に自分のアタリから原画を描き起こすためでした。最初から原画を描き直すつもりのとき、わたしはよくそうします。
 あとで自分が楽なのと、動きのイメージなどは描き写すだけでもそれなりに身につくので、原画さんがすこしでも動きをおぼえてくれたら嬉しいなという、ふたつの目的があってのことです。二兎を追って二兎を得る。合理的でしょう?

 Aさんは初見のアニメーターだったので、全修とはいえこのような方法になりました。知っている原画さんの場合は、シーンの中で重要なカットだが絶対にその原画さんには描けないであろうというのは、レイアウトを見るまでもなくわかりますよね。
 このような場合、わたしは先に自分で原画を上げてしまうことがよくあります。そして担当アニメーターから原画が上がってきたとき、カット袋の中身を入れ替える。
 重要なカットの場合、そこを先に決めておかないと、シーンのレイアウトチェックもなにも進まないので、効率のため、あえて取る方法です。

 Aさんにはその後お会いすることはなかったが、わたしの全修がすこしはAさんの役に立っていたらいいと思う。

 Aさんの場合、フリー原画として独り立ちするのはまだ早いと思った。また「全く描けず、過去に一度も描いたことがなく、かつ完全に興味がないため今後とも覚えるつもりのないもの」を割り振られた場合、「これはまったく自信がないので」、と正直に申告したほうがよい。そのほうが他のスタッフがみんな助かる。フリーといえどもすべてを完璧に描ける人はほとんどいないわけだから、決して言っていけないことではないですよ。
 まともに絵になっていないレイアウトや原画を出し、実力を本来以上に低く評価されてしまうよりいいと思うのです。
 悪い評価はすぐ伝わってしまうので、将来を考えたら「できないものはできない」と、ある程度、合理的に割り切っていいのよん。

 このAさんの場合は、数年はどこか上手い人がいる会社で席を借りるなり、自分の好きな作監を訪ねていき、独り立ちできるまではそこに置いてもらうなりするといいですね。
 
 フリーは、ひとつの会社で、しかもテレビシリーズていどで全修されたりすると、そこでは次の仕事がなくなっていまう。いろいろな会社の仕事をすればするほど、自分の仕事先を狭めてしまう。
 いちど「使えない」という烙印を押されたフリーは、あとが厳しいよ。

 だから、あまりあせらないで、それなりの力がつき、指名で作品に呼ばれるようになるまで、いまの場所で実力をつけましょ。うまくなれば、ちゃんとメインスタッフは見ていてくれるからね。
 あせっちゃだめよ(^^)



2)テレビシリーズの作打ちで会ったBさんの場合。
 仮にBさんとする。Bさんとは、いわゆる「フリー班」の作打ちでお会いした。ほかの原画はわたしともうひとりのベテラン原画さん。3人で1本を担当する、わたしにとってはよくあるパターンだった。
 ベテラン原画さんは何度かいっしょの班で仕事をし、その人の作監もしたことがあるので「それほど大きな問題はなく、そこそこ描け、手も速いほう」と知っていた。一般的にフリー原画として通用するタイプだと思う。

 作打ち後にわかったが、わたしとベテラン原画さんがいたフリー班だから、そこにBさんが差し込まれたのだった。
 Bさんは作打ち前も作打ち中も終始無言だった。そして態度は控えめだった。

 作打ちが終了し、誰がどこを担当するか決めましょうという段になり、そこで制作さんから初めてBさんのキャリアを聞いた。
「Bさんは新人なので、一番簡単なシーンにしてもらっていいですよね」

 制作さんのこの発言で、積年わたしがフリー原画として作打ち時に感じていたモヤモヤが、明確に形を取り、論理的になんらの矛盾もない考えだということが言語化されたんですね。

「その考え方はおかしいでしょう」
 わたしはようやく気づいたんですよ。「神村、ベテラン原画、新人原画」という、じつにわかりやすい班構成だったからこそ、アニメーション業界で当たり前のようにおこなわれていることの問題点に。

 フリーで仕事をするようになってから、ずっと、本当にず~っと、いつも必ず、お約束のごとく、作打ち後のカット分けでわたしはいつも一番面倒なシーンを割り振られていた。
 それがしかたのないときもある。作打ちに参加しているメンバーが全員フリー原画で、みなそこそこ一人前のフリー原画なのだが、このシーンは神村が適任であろうと思われるとき、そして他のフリーの原画さんたちから「おねがいします」と言われるとき。
 あるいは演出が知り合いで、最初から面倒なシーンを担当してもらうつもりで神村を呼んでいたときなどだ。

 だが、この時は「それは違う!」と目が覚めた。そして黙っていてはいけないことだとも思った。
 だからわたしは制作さんにたずねた。
「ここにいる原画は全員がフリーの立場で参加しています。フリーという労働形態はすなわち独り立ち出来ている原画という意味です。わたしたち3人の原画単価は同じですよね」
「・・・同じです」
「単価が同じであるということは、原画の品質もまたおなじである必要がありますよね。みな同じ立場のフリーなのですから、そこに経験年数は関係ありません。カット分けは平等にジャンケンで決めましょう。勝った人から好きなシーンを選ぶ。それがおなじ単価で仕事をするフリーとしての平等です」

 じっさいのことを言えば、このときの作品はべつにどのシーンでも悩むような面倒はなく、わたしにとってはどこでもよかった。しかし、矛盾に気づいてしまった以上、言わねばならぬ。言わなければなにも変わらないのがこの業界だ。
 言ってもほとんどなにも変わらないのだけれどね(笑)

 わたしの意見は正論だったから、制作さんと演出さんは顔を見合わせたりしながら「どうしたものか」と考えていた。Bさんは相変わらず黙っていた。制作さんが思い出したように手を叩いた。
「Bさんはフリーといっても、当社の中で育てている新人原画で、本当のフリーというわけでは・・・」
「そうなの? それなら安心ですね。どのシーンを担当しても社内の作監に教われるものね」
 これはわたしの本心だった。だいたい、まだなにもわかっていないであろうBさんは制作さんに連れてこられただけで、Bさん自身にはなんの落ち度もないのである。

 ベテラン原画さんが「ジャンケンでいいんじゃない?」とグーの手を上げて見せた。この人にとっても、どこのシーンでも変わりはなかったから、サッサと帰りたかっただけかもしれない。

 そのような経緯で、ジャンケンによるカット分けがおこなわれた。べつにむずかしい作品ではなかったから問題ない。

 このBさんのような場合、社内に机を借りているのであれば、制作さんが社内班に加えてあげるのが最善の方法だったと思う。フリー班に新人原画をまぜちゃいけません。独り立ち出来ていないフリー原画は問題があると思うし、ましてや「新人ですがフリーです」は、存在するはずがない、存在してはならないものである。

 新人原画さん自身は制作に言われたとおりにするしかないのだから、フリー新人原画(あってはならないが)の場合は、制作さんがよく考えてあげてね。


 描ける原画にむずかしいシーンを担当してほしいという気持ちは、演出も作監も制作も同じだ。それなら、どんなカットも単価は同じという状況をやめないと成り立たないと思いますよ。
 アニメーターが黙ってやるからやらせている、というのが本当のところでしょう。


 最近、聞いた話ではPAワークスでは、手間のかかるカットは単価を上げているとのこと。

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