2014年8月23日土曜日

モブシーンの描き方

モブシーンの描き方


 ある夜、知り合いのアニメーターから電話が来た。そのとき彼は、面倒な劇場用映画で(劇場用はたいがい面倒だが)原画を担当していた
「神村さん、モブシーンの描き方、教えて下さいよ」
 疲れをにじませた声で彼は言った。
 この彼は自身が劇場用の作監をするくらい優れたアニメーターで、理論に裏打ちされた画力を持っている人だった。わたしにモブシーンの描き方を教わる必要は彼にはない。ただ、いま現在たいへんなモブシーンを描いていて、誰かに電話して話さずにはいられないという状態だった。
 わたしはとても親切なので、彼によいことを教えてあげた。
「ああ、それならね、夜中に小人(ルビ=こびと)さんが描いてくれるのを待つといいよ」
 とね。

 いま誰か「人非人・・・」とかつぶやいた?

 しょうがないじゃないよ。モブシーンの描き方なんかないんだから。アニメーターにとってモブシーンは、描くか、描かないか、この二択しかない。

「それしかないですかねえ」
 彼はそう答え、小さくため息をついた。そして続けた。
「でも、神村さんってモブシーン得意ですよね。せめてなにかアドバイスください」
「モブシーンが得意なアニメーターなどいない」
「みんな鎧を着ていてしんどいんですよ」
「それはさぞしんどかろうね」
「神村さんって、モブシーン描くの好きですよね」
 アホかー!! という言葉をわたしは飲み込んだ。
「どこでそのようなガセネタを。モブシーンが好きなアニメーターなど、古今東西ただのひとりたりとも存在しない。賭けてもいい」
「だけど、好きでなきゃあんなに描かないでしょ」
「ちょっと待ってね。なんかものすごく勘違いしていないかな。わたしはモブシーンなんか、キ、ラ、イ、なの! 神村さんはモブシーンが好きだから、とか、よそで絶対に話さないでね。モブシーンしか回ってこなくなったら、ほんとに困るからね」
「え~~~。・・・じゃあ、黙って描くしかないんですかね~?」
「ないね」
 即答したものの、これだけではあまりに気の毒だと思ったので、わたしは言葉を追加した。なにしろとても親切なので。
「ひとつ、いいことを教えてあげる。モブシーンを描くときにはおまじないの言葉があってね」
「どんな?!」
「描けば終わる。いつか終わる。・・・とつぶやきながら描くのですよ」
「・・・・・」
「描かなきゃいつまでたっても終わらないのよ、モブシーンなんかね。でも、とにかく描けば終わる。どんな仕事もいつかは終わる。終わらない仕事はないのです」

 そう励ましたが、彼にとっては励ましになり得たのかどうか知らない。とはいえ映画は完成していたから、彼はモブシーンを描き切ったのだろうと思う。お疲れさん!


 アニメーターにとってモブシーンはつらい。手描きアニメーションにもっとも向いていないシーンのひとつが「モブシーン」だと思う。
 キャラクター制を採るディズニー映画ですらも、息を飲む見事なモブシーンを見せてくれたのは、「ライオンキング」や「ムーラン」のようにCGを導入してからのことだ。


                             画面後方の騎馬軍団がモブシーン(ムーランの1シーン)




 神村はモブシーンが好き、などとよそで言わないよう彼に釘を刺したのは、以前じっさいに勘違いした制作さんがいたからだ。
 絵コンテを持ってきてくれたその制作さんが「神村さんの担当はここからここまでのカットです」と告げたあと「あ、でも神村さんってモブシーンが好きなんですよね? もし後半のモブシーンのほうがよかったら、そっちに変えてもらいましょうか?」と、心からの厚意で、わたしの背中に氷のかけらを投げ込んだことがあったのだ。

 アホかー! とこの時も思ったが、なにしろ相手は本物の厚意で言っているのが明らかだったため、それを口にはしなかった。
「モブシーンはすでに一生分描いたと思うから、もう描きたくない」
 代わりにわたしはそう言った。「なるほど、そういうもんですか」と制作の彼は納得したようだった。


 わたしはほんとうに、モブシーンは金輪際描きたくないと思っていたんだ。


 その前年夏に、日曜祝祭日および夏季休暇のいちにちもなく、モブシーンを描き続けたことがあったから。平均すると1日当たり16時間くらい机に向かっていたと思う。
 そのくらいしなければモブシーンの原画など上がらないのですよ。

 このときの劇場用作品で、わたしが大量のモブシーンを振られたのには理由がある。通常、上手いアニメーターには主人公がらみの重要なシーンが回される。
 劇場用作品においてはすべてのカットが高い完成度を要求されるから、モブシーンがどうでもよいカットだとはいわないが、作品における重要度はあきらかに低いといわざるをえない。
 つまり、わたしは期待されていなかった。どうせ下手だろうから、とりあえず戦場のモブシーンでも振っておけという判断だったと思われる。
 初めての会社で、初めての監督と演出、プロデューサーだったから。

 でなければ劇場用においては、アニメーターにとってただつらいだけのモブシーンしか与えないということはしない。いくらなんでもアニメーターが音を上げて逃げてしまう。しかし、どうせ使えない原画であれば逃げられてもかまわない。
 あとでまき直しでもするつもりで、モブシーンをわたしに振ったのだろうと思う。

 フリーのアニメーターが最初の会社で仕事をするときに、往々にして起こることが起きたにすぎない。だからわたしも、そのこと自体は気にしなかった。
 モブシーンの原画を描くのは誰だってイヤだ。けれど、いずれにせよ誰かがこれをやらねばならぬ。

https://www.youtube.com/watch?v=oCeQKYOtzDw&feature=youtube_gdata
    (2番の歌詞を聴きながら読んで下さい)


 だから、たまたまわたしが描くことになっただけのことだ。そう思った。そう思わなければしんどい(笑)
 そして描くからには「よく描いたなあ」と監督やプロデューサーに思わせたい。
 そう思ってもらえなければ、フリーアニメーターに次の仕事はない。少なくともこれよりよい仕事は来ないだろう。


 問題は劇場用作品のモブシーンが、たいへんにしんどいことだ。技術的な水準でいえば主人公がらみのシーンのほうが、演技や動きを突き詰めなければならない分むずかしい。モブシーンのしんどさとは、異常に時間を必要とすることにつきる。
 描いても描いてもその1カットが終わらない。それが50カット程度あったんだ。

 24時間、机に向かい原画枚数3枚しか描けないカットがあった。画面に300人いて、全員動いていたんだもの。1枚に8時間かかっているわけだから、動画さんも中割にそのくらいはかかったかもしれないね。
 モブシーンの動画は固定給の動画さんでないと、描かせるべきでないとわたしは思う。出来高ではあまりにも気の毒。


 テレビシリーズでもそうなんだけれど、とはいえ基本的にテレビシリーズではモブシーンは避けることになっており、あってもあまりしんどいことにならないよう工夫がされているからまだいいのだが、モブシーンの原画にはある特有の原則がある。


【画面内の全員が動いているモブシーンの原画は、作画監督が修正できない】


 ということだ。これはじっさいに作監してみないとわかりづらい話かもしれない。作監にとってモブシーンとは、

1)そのまま使うか
2)描き直すか

 の二択であり、その中間が存在しない。
 数十人が動いているカットで、その中の一人を修正したら、影響される周囲のキャラクターも直していかざるを得なくなり、すべて描き直したほうが早かったという結果に終わる可能性がある。カットの出来もよいものにはなり得ない。

 特に、モブシーンにおいても一定の水準を保ちたい劇場用では、使えないと思った原画は、即座にまき直しをしたほうがスケジュールに与える被害が少ない。

 モブシーンで、どのような原画が使えない原画なのかというとこれはしごく明解で、技術自体はそこそこあるというのが前提だが、原画さんが「たいへんだから、なんとか楽をしよう」と思って描いた原画はまず使い物にならない。
 必ず多くの箇所で動きが破綻しているし、絵もかなり雑なので、動画さんが線を拾えない。いるはずの人が消えたり入れ替わったりしており、動画不能になっていることが多い。
 作監修正でどうにか出来るものではない。


 神村としては、若い原画のみなさんに、モブシーンを必要以上につらく思わないで描く方法をいくつかアドバイスできると思う。

1)モブシーンを振られたら、その時点でいさぎよくあきらめる。
 「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」的なレベルのあきらめが必要です。

2)決して楽をする方法を考えてはいけない。
 「楽をする方法は絶対にない」ため、考えるだけ時間の無駄であるとともに、そう思った瞬間によけいにつらくなってしまう。これは精神的に無意味な上に非合理的だ。適当な描き方をすると、自分でも次がわからなくなるため、ただ黙々と実直に描いていこう。

3)集中して長時間机に向かう。
 「モブシーンは時間勝負」だ。時間勝負でしかないといってもいい。とはいえ、いくら時間をかけても、気楽に描いていては絶対に終わらない。集中力が途切れるとモブシーンは描けなくなるため、歯を食いしばって耐えよう。


「アドバイスになってねー」と思ったかもしれないが、以上がモブシーンから可能な限り早く解放されるベストな方法だ。
 きちんと描いちゃったほうが、結果として絶対に早いからね。
 覚えといてね(^^)






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