2014年1月15日水曜日

「アニメーションの基礎知識大百科」出版でいくら儲かったのか知りたい件

「アニメーションの基礎知識大百科」は、大学生、専門学校生、新人アニメーターをメインターゲットにした「アニメーター寄りの用語集です」 グラフィック社から発売されています。
  一昨年には中国語版も出版されました。




 しかし、表向きではないので本には記してありませんが、もうひとつの裏メインターゲットがありました。それは運の悪かった新人アニメーターたちです。

 自社サイトの新人アニメーター募集欄に「専門学校卒業生に限る」と書き、理由をたずねると「教えないですむから」と答え、入ったその日から新人に動画を描かせる会社があります。
 また、新人アニメーターなど最初から使い捨てにするつもりで採用し、過重労働を強い、作画の基礎から教えて一人前のアニメーターになってほしいなどと考えたことすらなく、本社制作会社から下請けを通り、さらに孫請けでしか仕事が取れないほど仕事の質が低い上、仕事が上から降りてくるたびにそのつどピンハネされた安すぎる動画料から、さらに自社でもピンハネして平気な顔をしているような底辺の会社にうっかり入ってしまい、何の基礎も教えてもらえず、何年たっても知識も技術も身についていないアニメーターのまま、当然のことながら正しい作画知識もないために、いまの会社を辞めて少しはよい会社に行きたいと思っても、描けないので「使えない」と言われて採用されないことが明確なアニメーター。
 自分のアニメーター人生をよりよいものにするため、自分自身と戦いうまくなりたいと高品質の作品を作る制作会社の門を叩く勇気を出すことすらあきらめてしまった不運なアニメーターたちへの応援歌というべき本なのです。

 
 彼らは先輩アニメーターからなにも教えてもらえなかったかもしれない。けれどamazonに行けばいつでも業界共通用語集が手に入ります。この本は技法書ではありませんが、最低限の基本的かつ重要なアニメーション技術は紹介してあります。
 先輩が意地悪ならせめてこの本を読んで基礎知識だけでも独学してほしい。心からそう思って作った本です。


 アニメーション業界には長年、新人アニメーター向けの業界標準用語集が存在しませんでした。それはこの本の作成に着手する何年も前から調べ続けて得た明確な事実です。
 あらゆるつてをたどり業界で流通している「アニメーター向け用語集」の収集を試みましたが、各社で申し訳程度に作られた最低限の用語集コピーが数種類あるだけでした。
 しかもどこで誰が作ったものか、それらの用語集の説明にはあまりにも誤用が多かった。それでもこれらを書いてくれた方々は、作成する手間をかけてくれただけ立派だといえます。
 しかし、新人アニメーターに教えるのだから「正しい説明を」という検証を怠り、自身のあやふやな知識だけで書き上げた用語集であると思えました。
 新人教育には正解をもって当たらねばなりません。それが彼らの基礎知識となり、後輩へ受け継がれていくのですから。

 そのため、わたしは業界で誰もが自由に使える用語集を作ろうと思ったとき、数人の熱心な協力者と用語の洗い出しから始め、そしてやはり数人の志あるボランティアに基本となる一覧Excelファイルへの打ち込みを手伝ってもらったのです。
 アニメ業界は狭いけれど、呼びかければ、志の高い人たちが必ず支え、助力してくれるということを、わたしは身をもって知ることができました。彼らには感謝とともに、わたしでできることなら手伝うことで恩返しをしたいと思っています。
 ただし作画の仕事以外でオネガイシマス m(_ _)m

 さて、用語集を作るにあたってですが、長年アニメーターをしているからといって、アニメーターに必要なすべての用語を正しく覚えているとは限りません。そのため自分では当然わかっていると思っていた基本的な用語についても、日本屈指の優秀なアニメーターたちに確認や校正をおねがいしています。

 専門分野でない用語も、わたしが全工程を社内に持つ制作会社の東京ムービー(現トムス)育ちであり、新人原画のときから、曖昧なところはラフ原画を抱え仕上げや、背景、制作、撮影に走っていき、各パートにとってよりよい方法や正解を教わってから原画を描くというということをしていたため、比較的もともとほかのアニメーターより多少は理解がありました。
 とはいっても作画以外部門知識については監督さんや制作さんの足下にも及びません。したがって作画以外の用語につてはすべての専門家にすべて教えを請い万全を期しております。

 RETAS が導入されたときには東映動画の RETAS 講座を受けています。その後も大手仕上げ会社のご厚意で、仕事が忙しい中、アニメーターがとくに気をつける事について、スキャンからていねいに教わりもしました。これはありがたかった。アニメーターにとっては、とくにスキャンが問題になりますから。

 背景については手描きから Photoshop への比較的長い移行期のあいだに、いくつかの大手、中堅背景会社で Photoshop での作業、マッピングやパースの合わせ方などいろいろ新たな知識を教わりました。そして、それでもやはり手描きで行きたいという背景会社では、なぜなのかその志をうかがいました。


 そんなことはいいから、いったいいくら儲かったんだ? と早く知りたい皆様、まあ、お待ちなさい。ものには順序というものがあり、しかもわたしのブログなのでわたしのルールでその順序は決められているのであります。
「すげえ!」と驚くのは先の楽しみに取っておこうではありませんか(^_^)


 まあ、そのようにこの用語集を作るためには文字入力が完成するだけで3年以上の準備期間がかかっています。この文字だけの用語集は PDF ファイルにして「アニメーターWeb」上で公開していました。誰でも使えるように、とくに冒頭にあげた基礎教育すら受けずに育った運の悪いアニメーターたちのために。

 しかし、公開して1年ほどで残念な結果に気づきました。無料で使える用語集がそこにあるのに、ダウンロードしてプリントしてくれる人はほとんどいなかったのです。
 理由はいくつかありますが、60枚に及ぶ用語集をプリントする、という、わたしたち作り手から見ればたったそれだけの作業が、かなり面倒に感じられるということ、しょせんコピー紙をまとめてクリップで挟んだだけのものでは開くのもおっくう、つまり使いづらいということでした。

 ほかに文字だけの書類であるということも取っつきにくさを助長していたのでした。説明図をつけないと、知っている人にしかわからないという部分は確かにあることは最初からわかっていました。
この経験で、用語集は本にしなくては手に取ってもらえないと理解しました。

 しかし、文字だけのファイルを完成させるだけで、わたしたちがかけた労力はかなりのものでした。これに図解を付けるのか・・・。アニメーター向け用語集である以上、それはまさにキャラクターを用い、原画や動画やセル画で描かれた図解でなければなりません。
 それにはいったいどれほどの労力が必要なのか。想像するだけで途方に暮れたと言っても過言ではありませんでした。

 図解を描くにはいくつか方法論がありました。
・手分けして描く。
 →ほとんど原画を描くこととおなじ作業ですから、描いた人の収入が激減する。
・神村がラフや指示を描き、ほかのアニメーターに仕事としてギャラを払い、仕上げてもらう。
 →指示が正しく伝わる可能性が低く、チェックするだけで余計に手間がかかる。

 ほかにもいろいろ考えてみました。そして結果としてすべてを自分自身で描くしかないという結論に達したのです。どう考えてもそのほうが早く、手間がかからない。
「やってやろうじゃん!」
 と、わたしはタップを握りしめて気合いを入れた。わけではなく、机に突っ伏し、頭を抱えて「ああ~~、乗り掛かった船だし、ほかに方法ないもんなあ」と深く長いため息をついたのでありました。それほど先の見えない、気の遠くなるような作業に思われたのですね。
「乗り掛かった船」という慣用句には、最高の使いどころだと思われました。この慣用句は人生で何度か使ってきましたが、いままではしょせん戯れ言であり、ここまで真剣に使いたくないけど使ったのは初めてでした。

 わたしがまず取り組んだのは、絵コンテと図解のサンプルを15カット程度作り、大まかなスケジュール感をつかむことでした。ちなみに、わたしはこのときから1用語につき1カットという数え方を導入していました。自分が一番慣れているアニメーションの作業工程に合わせるのが、最も効率のよい作業量の把握方法だったからです。

 だから、いったいいくら儲かったの? という主題をみなさん、そろそろ忘れかけている頃合いでしょう。
 結論は出します。最後まで読んでくれたら、だまされたと言わせるようなことはいたしません。

 さてこの場合、本にするということは同人誌にするとか自費出版するということではありません。もともとの目的が正しい用語知識をアニメーターないしアニメ学校に広めようということですから、その本はいつでも手に入る本でなければなりません。
 つまりamazonで買えなければ意味がないのです。それに全国一定規模の書店に棚を確保している出版社から出してもらわなければ、人の目に触れる可能性は低く、逆にすぐ絶版になる可能性が高いのです。

 わたしはしばし考えて、グラフィック社から出版していただくことに決めました。グラフィック社からは、あのリチャード・ウィリアムズ先生が心血を注いで、後からくるアニメーターのために描いてくださった古今東西未来永劫これを超えるアニメーター技法書は存在しないであろうというアニメーターのためのバイブル、「アニメーターズサバイバルキット」が発売されているのであります。もしかしたら、わたしの用語集が書店でウィリアムズ先生の本の隣に置かれる可能性だってないとは言えないのであります。
 わたしはアニメーターとしてリチャード・ウィリアムズ先生を敬愛しているので、想像するだけで多少の興奮は免れません。

 ときに、わたしは「グラフィック社から出版していただくことに決めました」と先ほど述べましたが、書籍というのは出版社がこれは出版することで儲かる、あるいは出版社としてこの本を出版することは日本文化の一翼を担う我が出版社の責務と言っても過言ではない、などと思ってはじめて出版されるものです。
 したがって、いうまでもないことですが、出版を決めるのはあくまでグラフィック社であり、決してわたしではありません。
 しかもわたしは、仮にわたしの用語集本が出版されたとしても、賭けてもよいがたいして売れる訳のないことを内心で確信していました。

 理由は簡単。ターゲットが狭すぎるからです。「謎解きはディナーのあとで」のような訳にはいきません。櫻井翔さんも北川景子さんも出てこないし。
 しかしそこはグラフィック社。絵に関する技法書の出版では老舗といえる会社です。比較的時間をかけてよい本をじっくり売ることに強く、全国一定規模の書店には必ず棚を確保しています。
 このような会社であれば、わたしの用語集を出版してくれる可能性もゼロではない。

 15カットほどのサンプルができあがったあと、わたしは腕を組んで考えました。そういえばグラフィック社に知り合いなどいない!(笑)
 さてどうするかということです。出版社というのは最終的には「持ち込み」という手段が許されています。アニメ会社も同じですね。
 とはいえやはり紹介者のあるなしでは、会ってくださる相手が変わります。このときわたしは本来なら遠慮すべきであろうと思う、ある高名な方のお世話になりました。その方の、太っ腹な人柄に甘えたのですね。
 いつかご恩返しせねばと思いつついまに至ります。ダメダメですな>わたし。


 ご紹介いただいたのはグラフィック社で一番偉い編集長でしたが、キャリアのある優秀な編集さんといっしょに本を作るのは楽しいものですね。的確な指示、正確なスケジュール感。全部の用語に図版を付けるスペースはありませんでしたから、まずこれは図版がないと意味がわからないであろうというもの、また図版にしたら楽しいものなどを、どのような図版にするのか絵コンテに描き起こしました。
 どのみち図版の最終形態はセル画ですから慣れた方法を使用したにすぎません。

 編集長は完成を1年後と決め毎月々の仕事量を決めていっていたようです。わたしはこのようなタイプの本を作るのは初めてでしたので、用語説明の文章はほとんど完成しているのだから1年もかかるのかな、と思いましたが、ベテラン編集者の読みはぴたりとはまっていたのです。
 わたしは編集長の指示のまま、作業をこなしていけばよかった。本職の仕事は本当に見事だと思いました。

 600枚を超える図版をわたしが描き切るにはほんとうに丸1年間かかりました。原画を描き動画にして、それをセル画に加工します。背景もほとんど自分で描いたのですが、あれはほとんどイラスト画ですね。わたしはイラストレーターではありますが、背景画の描き方は知りませんでしたから。

 さあ、いよいよ本題だ。1年かけて描き上げたこのオールカラー「アニメーションの基礎知識大百科」の著作権料は約60万円くらいでした。
「すげえ!」でしょ~。

 類似本が出る恐れは絶対にないとわたしはこのとき確信した。これほど割に合わない仕事は滅多にあるものではない。やれるものならやってごらん。ベルサイユにいらっしゃいですよ。
  作画ができるだけでは無理。セル画が作れて背景画が描け、PhotoshopやExcelもバリバリ使わなければならないし、After Effectsも使い、写真家もCGも必要とする。
 割に合いますか、これ?

 もちろん本というのは数が売れれば儲かるのだが、2、3回重版はしたかな。でも、それほど売れる本ではないことは予想通り。またこの手の本はページごとにきっちり構成とデザインがされています。これはデザイナーがやはり1年かけてページをレイアウトしていったのです。小説のように比較的簡単な構成の本と比べると、デザイナーの人件費が桁違い。しかもオールカラーで本自体の印刷代が高く付く。
 つまりその分、著者の印税が低くなるのでありますね。これは画集を出したときからわかっていました。画集もデザイナーが必要ですし、いい紙を使って非常に印刷時の原画色再現性に気を遣います。

「用語集なんか誰でも作れるじゃないか。自分も作って儲けよう」と思う方がいたら、ぜひ挑戦なさってみてください。いや、ほんとに誰かに作ってみてほしい。

 ちなみに、わたしは儲からないことを承知でこの本を作ったので、というよりもこの本を作る時間を原画や作監に当てていたら500万円くらいにはなったと思うんですけどね。というわけで、昨年、著作権等すべて無料でグラフィック社に寄贈してしまいました。

 すこしでも長い間、運の悪かったアニメーターがこの本をamazonで買えることを願って。







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